第4話意図せず脱出
俺は、尻尾で地面を引っ張るようにして身体を後ろへとなんとか移動させた。
「やばいな……」
「やばいね」
「それとな、俺もとんでもなく腹が減ってるみたいなんだ」
「うん、涎やばいよ。目もなんか光ってるし」
グレープが俺に鏡を向けた。犬たち同様に俺の目もほんのり赤く光っている。
「た、たべないでね……」
「友達を食べるほど落ちゃいないさ、でも安心はするな」
そんな会話をしていると、上の方からボソボソと数人の話し声が聞こえてきた。
「おい、聞こえるか?誰か来たみたいだぞ」
「嘘、何もきこえないよ」
「犬だから耳がいいのか」
「そうみたいだね、とりあえず会話は控えよう」
「そうだな」
少しすると、グレープにも聞こえたみたいで静かに頷いた。
聞き覚えのある女の声が聞こえる。
「あんた、アレをほんとに引き取ってくれるの?」
「えぇ、人面のケルベロスなんて見たことも聞いたこともないですから、是非とも引き取らせていただきたく思います」
「それでぇ新しいのと本当に交換してくれるんでしょうね?」
「えぇ、もちろんです。手筈は整っております」
「キャッ、感謝するぞッ」
何がキャッだ。ムカつくぜ。
「それでは……ウォーター……」
後半はよく聞こえなかったが、その言葉が聞こえた後、頭に強い衝撃が来た。
「ああっ、なんだ!」
「しっ、話さないで、ただの水だよ。君を上に運ぶつもりだ」
なるほど、水位で上に運ぶつもりか。グレープの言葉に俺は黙って頷いた。
「それでさ、僕なんだけど、多分発見されたら殺されちゃうと思う……」
えっ、それは嫌だ。どうすればいいんだ。俺はグレープをみる。
「もし良ければ僕を君の口の中に隠して欲しいんだ」
なるほど、グレープほどの大きさだったら、難なく入る。犬達にお願いしよう。ん?両隣を見ると二匹とも口を開けていた。いや、だめだ絶対に食うつもりだ。涎が滝のように流れている。
俺しかないか。
「助かるよ、とりあえず口の中からアドバイス送るから」
俺は頷いた。
水位と共に、俺の身体はどんどんと上がって、明かりに近づいていく。
「とりあえず、しゃべっちゃだめだよ」
口の中から声が聞こえた。頷いておこう。
上がった先には、五人の人影があった。やりすぎなくらいフリフリがついたドレスを着た、小柄で白髪ロングの女の子、その子と同じくらい小柄な禿頭の老人。多分、姫の野郎とじいだろう。
それと、護衛のような、鎧を着た者が二人。
そして、黒いローブに、銀色の狐のような仮面をつけた者が一人。ソイツは男か女かわからなかったが、しかし、只者ではないような気がした。
目には見えない、オーラのようなものを感じる。前世では感じたことのない感覚だ。
すると、俺の歯がガチガチとなった。別に寒いわけではない。グレープだ。震えているらしい。
「や……、やばいよ」
口の中で、グレープが言った。
「す、すごい魔法使いだと思う」
てことはこの大量の水もコイツの魔法か。改めて完全に異世界って感じだ。
上の床と水位が完全に同じになったところで、唐突に鎧を着た二人が、俺にに向かって手のひらをかざし呪文のようなものを唱えた。
すると、手のひらから半透明だが重厚そうな鎖が出てきて、俺の身体に巻きつく。
多分動きを拘束するためのものだろう。ただ、なんか簡単に引きちぎれそうだ。
だが、グレープが恐怖を感じている魔法使いというやつの得体が知れないので、下手に動かない方がいいな。
俺の身体は、鎖によって通路のほうへ引っ張られた。通路は俺の身体からすると、かなり狭く自然としゃがむような体制になってしまう。
「おやおや、素晴らしい」
仮面のヤツが俺を見て嬉しそうな声をあげた。その声は、何か加工されたような音で、不自然に高い。犯罪者インタビューの音声加工のようだ。
「うげぇ、やっぱり気持ち悪いわね」
このガキ、何が姫だ。ちんちくりんのくせして。
俺の表情でバカにしたのがバレたのか、姫が俺たちの前足を思いっきり蹴った。
「痛ったあああああ」
「大丈夫ですか、姫!」
ガキがつま先を押さえながら飛び跳ねている。ざまぁみろ。
またしても顔に出てしまったのか、ガキが涙目で俺を睨んだ。
そんなバカらしいやりとりをしていると、仮面の奴が俺に手をかざした。
「パピー」
これは短いし、よく聞き取れた。
しばらくすると、俺の体はどんどんと小さくなっていって、最終的に子犬くらいのサイズになってしまった。
これ大丈夫か?フィジカル失ったら、ただの珍妙な生き物だぞ。これでまた蹴られたら、ひとたまりもないぞ。
俺は、恐る恐るガキを見た。くらい笑みを浮かべている。こいつやる気だ。
「おやめくださいロット様」
仮面のヤツが止めてくれた。
「くっ……わかったわ」
「それに、この魔法はサイズを変えるだけ。強さは変わりません。また足を痛めます」
そうなの?俺はニヤリとガキを見た。
「あなたも、おやめなさい」
とりあえず言う事を聞いた方が今よりマシな気がする。やめておこう。
「この子は賢いみたいだ。拘束を解いてもいいでしょう」
鎧の者たちが、手を下げると鎖が弾けて消滅した。
「それでは、この中に入ってください」
仮面のヤツが、ローブの中から小さい檻のようなものを出して扉を開けた。俺は、恐る恐る入った。
「よろしい。それではロット様、帰る前にサクリフ様に挨拶をしたいのですが」
「えぇ、わかったわ」
それから、薄暗い通路と階段を通って外に出た。
俺が閉じ込められていたところは、広い庭の一角に作られた離れだったみたいだ。奥にどでかい屋敷が見える。
久々に、日光を浴びた。眩しいが気持ちいい。そういえば、死んだ日は雨だったなぁ。
そんな俺をよそに、一行は屋敷へと向かう。
少し歩き屋敷の前に着くと、これまたどでかい木製の扉があった。何メートルあるんだろうか、かなりでかい。
扉がギギッと音を立てて一人でに開く。これも魔法みたいなもんなんだろうか。
そして、貴族の家って感じの屋敷の中をどんどんと進んでいくと、さっきの扉ほどではないが、五メートルはありそうな扉の前に来た。
近づいている時に、何か圧ののような物を感じていたのだが、扉の前に立つとそれがより一層強まって不快感がある。
ガキが扉をノックした。
「お父様、商人がご挨拶をしたいと」
「入りなさい」
中から、低い声が響くと、扉が開いた。
三メートルはあるだろう、悪魔のような見た目の大男が、大きく立派な椅子に腰掛けていた。
部屋は明かりはあるが薄暗く、より一層、男の恐ろしさに拍車はかけている。部屋を見渡す暇もないほど、その男に目が惹きつけられ離せない。
ボサボサの白髪で、生え際に黒い上向きの立派なツノが伸びている。それに不精ひげで、目つきが鋭い。
服装こそ貴族のようだが、本人の見た目は武人といった様子だ。でも威厳があり、様になっている。神だと言われたら信じてしまいそうだ。
「もう帰るのか?ピート」
地の底から響くような声だ。口から牙がのぞいている。
「えぇ、急ぎの仕事があるもので」
仮面のヤツが答えた。
「そうか、お前が研究室に戻りたくば王に口を聞くぞ」
「いえ、ご勘弁を私の意思で国を出て、それは王様と話がついておりますので」
「フンッ、道中気をつけて帰れ」
「えぇ、ありがとうございます。それと、代わりは既に送っているので近日中に届くかと」
「うむ、わかった」
「それでは失礼します」
部屋から出た後、両隣の犬たちが首をすくめているのがわかった。それほどまでに恐ろしかった。
それから外に出て、仮面のヤツと俺たちは、馬車に乗った。
「それじゃあ、必ず新しいの送りなさいよ」
じいと見送りに出ていたガキが言った。
「えぇ、では」
俺は、復讐を誓おうとしたが、脳裏にガキの父親の顔が浮かんだので一旦保留にした。
「出してくれ」
仮面のヤツがそういうと馬車が出発した。これから、俺はどこに連れて行かれるのだろう。
馬車に少し揺られ仮面のヤツは眠ってしまったらしい。
そして、屋敷から離れて緊張から解放された俺は、またピンチに襲われた。
とてつもない旨みを感じたのだ。口の中のグレープから。
両隣に犬たちを見る。よだれを垂らしながら、真顔で俺を見つめている。
すると口に中から、声がした。
「お、おぼれる」
俺は、口を少し開いて、窓から涎を排出した。
早く着いてくれっ。
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