第3話牢にて

 日本では、古来より妖怪という者の存在がうわさされている。


 現代人の俺から言わせれば、気のせいだったり、自然現象だろうと思うのだが。まぁ、いるとされている。


 そして、妖怪たちの中には、人気というか、有名ランクがある。ランクが高いほど、漫画やアニメのモデルになるっている。


 有名になる理由はいくつかあって、とてつもなく恐ろしいとか、人間に利益があるとか、見た目が良いと言ったものだろう。


 ただ、全く持って利益も害もないのに有名な者もいる。いるだけ、みたいな。小豆を洗っているだけとか、豆腐を持っただけの小僧だったりとかだ。


 しかし、それはそれで奇妙なものだから、有名ランキングに食い込んでいる。


 その無害の妖怪の中に、とびきり悲しい妖怪がいる。そう、人面犬だ。


 そりゃあ、夜道で見たらびっくりするだろう。


 ただ、よく考えてみてほしい。その後は?と。


 もし、人面犬が襲ってきたら絶望するだろうか?恐れ慄くだろうか?いや、戦うはずだ。なぜなら、勝てそうだから。


 人間は手先が器用で、凶器を持って襲ってくることもあるだろう。


 犬は犬で、牙と強い顎の力、俊敏さという武器がある。どちらも敵にすると恐ろしい存在だ。


 では、人面犬に話をもどそう。器用な手先もなく、噛み付こうとも、所詮人間の歯と咬合力。強みといえば、多少人より足が速いくらいだ。


 それに、仮に人間と暮らそうと思っても、まともな人が飼ってくれるだろうか?いや、飼わないはずだ。まともであれば、普通の犬を飼うはずだ。だって可愛いんだもの。 


 人面犬は顔がイケメンでも、身体がドーベルマンでも滑稽に映る。


 ましてや、俺の顔は、ちょっとゴツめで、ホームベース型輪郭のくたびれたサラリーマンだ。飼うか?俺なら飼わない。


 飼われるにしても、やばい金持ちたちに裏で高額な取引をされ、身体が衰える間に剥製にされ、暖炉の上とかに飾られるとかだろう。たぶん。


 大ハズレだ。なんなら、触手系が良かった。


 絶望感と共に目を覚ました俺は、グレープに一つお願いをした。


「なぁ、グレープ。出会ってまもないオマエさんに、こんなことを頼むのは心苦しいが……」


「なんだい?聞くだけきいてみるよ」


「俺を殺してくれないか?」


「えっ、なんで⁉︎」


「逆に聞こう。死んで目を覚ましたら、この身体だった。オマエさんがこの状況ならどうする?」


「どう言うこと?」


 俺は、前世の事と、今に至るまでの状況を説明した。


「はぁー、不思議な事もあるもんだねぇ、でも無理だよ」


「なんでぇ!」


「物理攻撃でケルベロスを殺すなんて、それこそ聖剣を持った騎士か、勇者くらいしか出来ないし、魔法でも熟練の魔法使いがかなりの人数必要だよ」


 どんだけタフなんだ。


「めちゃめちゃ強いじゃん……」


「まぁでも、餌さえ与えてれば基本温厚だし、言う事聞かないしで、戦争にはつかえないけどね」


「めちゃめちゃ厄介じゃん……」


「それに、君が死んだら残された二匹はどうするの?」


「たしかになぁ……。あっ、俺の首だけスパーンと切って、傷をすぐ治療するとか」


「ケルベロスは個体数が少ない分、生命力は凄いってきくよ。それで君だけ死ねたらいいんだろうけどさ、君も頭だけで生き延びちゃったら……」


「え、そんなことあるの」


「かもねぇ、今の方が生首よりかマシじゃない?」


「それはそうだけど……、餓死とかしないのか?」


「何ヶ月かかるか、それとも何年か」


「よし!無理だな!」


「うん、とりあえず生きてみなよ。悪いことばっかりじゃないよ。とりあえず、もう外は夜だとおもうから、今日は寝よう」


「そうだな、おやすみ」


「うん、おやすみー」


 絶望なのは変わらないが、一人じゃないと言うのは、安心する。まぁ、なんとかなるか。


そんなことを考えていると、いつの間にか寝てしまっていた。呑気なもので、朝までぐっすりだった。


「おはよー」


「おう」


「ガウッ」


「フスッ」


 俺たちは、目を覚ましてすぐに、あれはどうだ、これはどうだと、ここから脱出する手段を練った。



「そういえば、グレープはどういう状況なのよ?」


「ていうと?」


「どうしてここに?」


「あぁ、そういうことね。僕、混血魔人なんだ。だからさ、危険な仕事とか、人が嫌がるような仕事しかできないんだよね」


「混血魔人?」


「そうそう、僕の場合は、オーガとゴブリンの混血なんだ」


「ゴブリンって……あの?」


 俺の知っているゴブリンといえば、醜く卑しく、性欲が強く、他の種族のメスを捕らえて襲うというものだ。


 しかし、グレープはそうは見えない。どちらかというと気の強そうな端正な顔立ちだ。それにあどけない可愛らしさもある。身体つきも、小柄だが、ゴリゴリでないにしても筋肉質だし。


「そう、そのゴブリンさ、醜く、卑しい者。その血が僕にも流れている」


「大変だな」


「まぁ、ありがたいことにこの見た目だから、ゴブリンの血が入っているなんて普通はバレないけどね」


「なるほど、確かに俺がイメージするゴブリンとは全く違うな」


「それで、ケルベロスの餌やりの仕事をもらえたんだけどさ……。びっくりしたよ、どでかい人の言葉が聞こえるんだもん」


「本当、ごめん」


「いやいいよ、この仕事給料パン半分だよ?やってられなかったし、でも、辞めるなんて言ったら殺されるかもしれなかったんだ。正直、困ってたんだよ。それに、友達もできたしさ」


「グレープ、いいやつだな」


「へへへ、それで、まだ身体動かせないの?」


「うーん、ムズムズはするんだけどなぁ、こいつらの力に負けてる感じかなぁ」


「困ったねぇ、仮に脱出する案が出ても、君が動けないんじゃなぁ」


 俺はもう一度身体を動かそうとした。


「あっ!」


「えっ、どうしたの?」


「けつ見てみ」


「おお、って尻尾揺れてるだけじゃないか……」


「いや、これはでかい一歩だ」


「寝るよ」


「お、おう」


「あははは!冗談だよ!練習すれば、身体も動かせるようになるんじゃない?」


「ちょっくら練習してみるか」


 それから、二日経った。身体はまだ動かせないが、尻尾はかなり上手く使えるようになった。驚くべきは、パワーだ。


「見てろ」


 俺は、尻尾を床に叩きつけだ。ドゴっと音がして、振り返ると、まるで板チョコのように地面が割れている。


「すごいパワーだね」


「だろ、これで壁破壊すれば出られるんじゃね?」


「そうかも!」


 グレープは、瓦礫をどかしながらいった。


「いや、だめだ。見て、魔力が込められた鉄板が入ってる」


 見てみると、ほんのりと赤紫に発光している鉄板が顔を覗かせていた。


「それに、ここは結構深い地下なんだ。その力なら壁を壊して土を掘れば、なんて考えたけど、この様子じゃ壁も鉄板が入っているかもね」


「そういえばさ、グレープが落ちてきて何日経った?」


「多分、三日くらいかな?」


「あのさ……」


「うん、わかってる。食べ物落ちてこないね。悪いけれど、ちょっと僕から離れてくれる?」


 グレープの視線を追って、俺は両隣を見た。犬たちはもう限界らしい。

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