第2話


 それから彼女は、ちょくちょく僕に合いに来るようになった。

 困ったことに彼女ときたらそういう質なのだ。不幸属性というか、引き合うというか。しかし彼女はそんな不幸をいちいちその紙とペンでもって絵や文字に変えて表現してしまうので、僕は結構忙しかった。

 あ、申し遅れたけど僕の名前は不幸という。

 僕の名前は不幸といい、僕の名前は孤独といい、又の名を彼女のついた溜息ためいきだ。

 ね、言わない方がいいだろ?こんなことは知らなくていい。人生に不幸なんて少ない方がいい。誰だって幸せが多い方がいい。彼女だってそう、そうだろう?

 しかし彼女はちょくちょく僕のところに来た。その度に僕たちはいろんなことをした。学校をすべて燃やして星屑にしてしまったり、親のことをばらばらに分解して、そのひとつひとつを黄金色のハムスターに変えて宇宙に放ってしまったり、ひどいときはこの地球をまるごとひとつの果実に変えて、巨大な虹色の鳥に食わせてしまったりもした。

 色々なことをしたのだ。彼女はそういう生き方だった。そして僕も彼女に応じてこの心を千切っては渡した。困ったことに彼女は楽しそうにしているのだ。絵を描いているとき、僕に合いに来たとき――そういうときの彼女の微笑みときたら眩しくて、なんでもかんでも綺麗なものに変えてしまう。不幸だというのに、全く困ったものだ。

 しかしまあ、僕たちはそういう生き方だった。彼女はそういう風に育った。


 そうやって彼女はやがて大人になった。

 大人になった彼女はあまり僕に合いに来なくなった。 

 仕事が忙しくて紙とペンを取る暇がなくなったこと、時々暇を見つけて合いに来ても、ちょっとした愚痴を呟いただけで帰っていくこと、そして何より、彼女を支えてくれる大切な人に出会ったこと――僕はそんな彼女の変化を好ましく見ていた。

 だって全く、その人と一緒にいるときの彼女ときたら本当にで、その髪は暗闇につやつや光ることもないし、羽衣ジャスミンの匂いももうないし、それにその人に向ける微笑みはなんだか間が抜けていて無防備で、不幸を嗤ってやる時みたいな輝きなんてものはない。そう、彼女はそんな普通の人になったのだ。

 だから僕はそんな彼女を好ましく見ていた。

 誰だって幸せな方がいい。人生は幸せな方がいい。

 それは僕だってそう思うんだ。不幸も孤独も溜息も少ない方がいい。ないならそれに越したことはない。彼女もようやくその体質から脱却して、つやつやした黒い髪は普通の髪に戻り、花の匂いも必要ない、これからは特別じゃない笑顔で生きていけるようになるだろう。

 そう思って安心していたのに。


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