最終話 メリークリスマス

『突撃破砕を敢行。衝撃に備えて下さい』


 抑揚のない警告の後、派手な音を立てて重装甲モードのソリがシャッターを突き破り、トナ太郎たちが奇声を発しながら機関銃で四方八方に攻撃を加える。縦横無尽に走り回り、2枚、3枚と突き破る頃には工場のあちこちから火の手が上がっていた。



 エイトオーたちは爆破事件に巻き込まれながらも、奇跡的に軽症で済んだ。が、一週間程の経過観察により、オーダーは一時中断。その間にD&Cドナルド&コリンズカンパニーはR&Cロク&コリンズカンパニーへと社名を変え、危険な人形おもちゃを作り続けていた。


「ロクの野郎、前から裏切る気でいやがったな」


 トナ太郎が呟けば、次々と他のトナカイたちにも仄暗い気持ちが感染したが、親父エイトオーの一声で、一気に上向いた。


「野郎ども、兄弟を取り戻すぞ」


 しかして男たちはソリ男に乗り込み、R&Cカンパニー工場の最奥、社長室を目指す。脇目も振らずに。


『前方に多数の熱源を感知。子供です』

「分かった、止まれ。俺たちは降りる。ソリ男はここで待機だ」

『了解』


 エイトオーたちがソリ男を盾にして降車し、熱源の方向を伺うと、情報通りに沢山の子供たちが集まっていた。いや、集められていたというべきか。

 30人近くの子供がいるにも拘わらずその目は虚ろで、声一つ聞こえない。加えて中央には2人の男。一人はロク。もう一人の身形の良い男はここの社長、コリン・マッケンジーであった。


「イマジナリーアームズの皆様、ようこそ我社の工場へ。ただ、アポイントメントをお取りでないご様子。そろそろお引き取り願えませんかね? さもなくば」

「どうするつもりだ?」


 コリンがパチンと指を鳴らすと、彼を取り囲むように床から自動小銃付きのアーム型警備用ロボットがせり上がり、モーター音を鳴らしながらその照準を子供たちに向ける。


「御覧の通り。これ以上、私の工場に被害を及ぼせば子供が死ぬことになります。サンタさんとしては、当然、子供を殺すわけにはいきませんよね?」

「やれ」


 コリンの脅しにもかかわらず、エイトオーのゴーサイン。するとトナ太郎たちは一斉に左の角を引き抜き、拳銃のように構えた。が、そのまま微動だにしない。


「んん? 何をしているのかな? そんな角でどうにかなるとでも?」

「コリンさん、あれは――」


 ロクが何か言いかけたときだった。トナ太郎たちの持つ角の根元が一斉に輝いたかと思えば、次の瞬間には警備ロボットが全てダウンしていたのである。


「くそ! 何が起こった!」


 そんな悪態をつく前に、コリンにはやらなければならないことがあったはずだ。だが、予想外の事態に彼はそれを怠った。そう、エイトオーは先程の攻撃には一切参加していない。即ち、すぐに動ける。

 コリンが気付いたときには既に手遅れ。鋼鉄製の左拳が鳩尾に叩き込まれ、前のめりに崩れ落ちた。


「まったく、催眠術が使える人形なんざ、悪趣味にもほどがあるぜ。なあ、ロクよ?」


 コリンが倒されれば、我に返り戻って来ると踏んでいたのだが、ロクは悪意に満ちた目でエイトオーを睨む。


「そうか。やり合わないと分からないか。じゃあ、気のすむまでやってやろうじゃないか!」

「抜かせ! 骨が折れないようにミルクでも飲んでろ、クソ爺!」


 殴り合いの予感にエイトオーの筋肉は膨張し、再び財団製の上着を破裂させれば、周囲の子供を巻き添えにするまいと、トナ太郎たちが必死に子供を動かす。そして準備万端となったところで、血の繋がりのない親子の喧嘩が始まった。


 だが、それは喧嘩と呼べるようなものだったろうか。他のトナカイが見守る中、お互い、足も動かさずに只管に殴り、只管に殴られるだけ。これが彼らの親子喧嘩の流儀なのである。


「どうしたぁ! そんなもんか!」

「そっちこそ足腰ガタガタなんだろ! 早く降参しろよ!」

「うるせぇ、クソガキ!」

「うるせえ、クソ爺!」


 何度も何度も拳の応酬を続ければ、最早、何を言っているのかも怪しい状況。


「ハァ、ハァ、ハァ、そろ……そろ、降参しろよ」

「ハァ、……ハァ、ハァ、ふざけ……んなよ」


 とうとう精魂尽き果てたのか、二人同時に後ろに倒れ込んでしまった。


「はっはっはっはっはー」

「はっはっはっはー」


 突如として発せられた大笑いに続き、二人は言葉を交わす。


「なんでえ、クソガキだと思ってたのに、随分と大きくなったじゃねえか」

「は! そっちこそ随分と老いぼれたんじゃないか」

「言うねえ。そんじゃ、ま、帰るぞ、ロク」

「……そうだな。帰ろう。どうせ爺は足腰弱ってるだろうから、僕の肩を貸すよ」

「け! 言ってろ!」


 二人揃ってゆっくりと上体を起こせば、エイトオーは優しい目で我が子に声をかけた。


「メリークリスマス」


 一瞬、きょとんとしたロクだったが、すぐに幼子のように破顔する。


「メリークリスマス。ありがとうよ、サンタさん」


 日付は12月24日、時刻は22時。

 彼らの仕事はこれからが本番だ。


【完】

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サンタと秘密のおもちゃ工場 津多 時ロウ @tsuda_jiro

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