このからだみじんにちらばれ
怪獣エックスのその後の足取りについては、誰もが知る通りである。突如出現したピンク色の怪獣は、そのまま海を目指し、その身体ごと海に沈んでいった。目撃者は多数、映像も残っている。
海自は怪獣エックスおよびその死骸を探したが見つからず、捜査は何十年も前に打ち切られた。今なおそれらしいものが発見されたという報告もない。「Y市の怪獣エックス」は令和のミステリーの一つに数えられる出来事となり、今でも時折バラエティで取り上げられる看板ネタのひとつだ。
一方で失踪した27歳の女性について気にかける人は少ない、彼女の家は大穴が空き、ヒビが入り、玄関ドアがひしゃげていた。彼女の家には財布もカードも携帯も置きっぱなしで、何があったのか、何が起こったのか、どこへ行ってしまったのか──全てが、依然として不明である。
坂咲奈々菜というその若い女性の部屋には、ボロボロになった『宮澤賢治詩集』が一冊残されており、『春と修羅』のページは特に色が変わるほど読み返された形跡があったと言う。
有森結由夏はその生涯をかけて、坂咲奈々菜を探し続けた。市役所職員をやめてからも、精力的にボランティアを募り、寄付金を募り、無二の親友を求め続けた。しかし未だ、手がかり一つ見つからないでいる。
──ある国で、ある親子が浜辺を歩いている。
この国の海岸はよくものが流れついた。ジャパニーズの製品は特に多くて、珍しくもない。時折、あのいたましい地震災害のかけらが時を超えて流れ着くこともある。親子はその色々の間を、丘や山を登るかのように避けて進んでいた。
「見てママ!」
幼い娘が、一目散に駆けていく。そしてしゃがみ込むと、両手一杯に何かを掬い上げて持ってきた。
「ピンクの宝石!」
それは何かの鱗だった。確かにツヤツヤしていて、綺麗だ。綺麗ではあるけれども……。
「何の鱗かしらね……?」
「ママ、わたし、これをネックレスにしたい!」
母親は鱗の主のことを考えながらも、うんと頷いた。
「すてきなネックレスにしてあげましょうね」
母親は瓦礫の山を、それから波打ち際を見やった。鱗の主らしき影も形もなく、ただ美しい鱗のみが残っていた。母親は知らず、ゆっくりと手を合わせて祈った。
「ママ?」
「お前も感謝なさい。美しいものを下さってありがとうと」
「ありがとうございます、神様」
「そうそう。……神様」
母親は知っていた。子供の方がときに、真理を突くことがあるということを。
少女の手の中で、桃色の鱗がきらりと光った。それは4月の底の、あかるい日差しの中で玻璃のように澄んだ。
了
春と修羅と怪獣と私 紫陽_凛 @syw_rin
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