幸せな人生の死別式

ちびまるフォイ

幸せな人生の最高到達点

長らく連絡を取っていなかったクラスメートから招待状が届いた。


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このたび、私は死別式を行う運びとなりました。


つきましてはお世話になっている皆様へ

ささやかながら小宴を催したいと思います。


ご参加の方はお手数ですがご返信いただければと存じます。


出席

欠席

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「……死別式?」


なんかの誤字かなにかと思ってその時は出席にマルをつけた。


当日、教会の近くに置かれた看板でやっぱり誤字じゃないと気づいた。

入り口前で固まっていると、地元の友人がやってきた。


「よお久しぶり。なに固まってんだよ。なか入ろうぜ」


「いや……結婚式だと思ったから……。

 ご祝儀ってどこで渡せばいいんだろ?」


「あはは。バカだなぁ。これは死別式。

 ご祝儀なんていらないよ。むしろこっちがもらえるんだぜ?」


「え?」


入り口で受付を済ますと、友人の言うように祝儀袋を逆にもらってしまった。


「参加するだけで金もらえるなんて最高だよな」


「ちょっと不謹慎な気が……」


「うまいもの食えて、お金ももらえる。

 死別式には参加しないと損だぜ」


教会のテーブルにつくと、豪勢な食事が並んでいる。


そして、各テーブルの中央にはバカでかいナイフが置かれている。


(ケーキ入刀でもあるのか……?)


勘ぐっては見るが、全テーブルに置かれている意味がわからない。

各テーブルでいちいちケーキ入刀するのだろうか。


『お集まりの皆様。死別式をはじめたいと思います』


アナウンスが流れて照明が暗くなっていく。

入り口から元クラスメートが真っ黒の服を着てひとりで歩いてきた。


正面の椅子に座るとマイクを手に取った。


「みなさん、今日は僕の死別式に集まっていただいてありがとうございます。

 僕は今日ここで死にたいと思います」


表情はどこか悟ったように爽やかだった。

むしろその言葉に驚いた自分の方が今にも死にそうな顔をしていた。


「このような死別式を開いたのは、

 人生に絶望したわけではありません。

 幸せな人生の最頂点でピリオドを打つことで

 僕の人生へ最高のフィナーレにしたいと思ったからです!」


会場からは拍手がおこった。

自分だけあっけに取られていた。


「え、ちょっ……みんな平気なのかよ!?」


「うるさいな、静かにしてろよ」


テンパっている自分なんかほうって式はスムーズに進む。

死別式も終盤にさしかかる。


「みなさん、それでは最後に死なせていただきます!

 僕の人生はこれで終わりですが、

 どうかみなさんの人生にはこの先、幸多からんことを!」


全員が手元のグラスを掲げ、一気に飲み干した。

正面に座るクラスメートは眠るように目を閉じ、

そこから目を開けることはなかった。


あっという間だった。

止めるスキもなかった。


「し……死んだの……?」


「当たり前だろ。で、お前二次会いく?」


「いいい、行くわけないだろう!? 人が死んでるんだぞ!?」


「なに当たり前なこと言ってんだよ。それが死別式だろ」


結局、テーブルのナイフは最後まで使われなかった。


あまりに異文化すぎて理解できなかった。

地元から家に戻っても、その記憶は脳裏に焼き付いたまま。


誰もいない暗い部屋に帰ってくる。


「ただいま……」


安いボロアパート。

うすい壁からは隣の部屋の寝返りの音すら聞こえる。


仕事は毎日同じことの繰り返し。

不満もなければ希望もない。


恋人もいない。

友達もみんな結婚して、遠くなってしまった。


朝起きて、飯食って、仕事いって、帰ってゲームして、寝る。


「俺って、なにが楽しくて生きてるんだろう……」


死別式で死んだクラスメートの顔を思いだす。

みんなに感謝されて拍手で見送られて死ねる。


あんなに満ち足りた死に方があるだろうか。


もし、この先にも自分の人生が続いたとしてどうなるだろうか。


そのうちなんらか体にガタがきて病院を通うようになり、

趣味のひとつだったゲームやマンガも老眼で見えなくなり

でも貯金は常に失われて、将来の不安は増えるばかりで……。


きっとこの先に小さな幸せもあるのだろう。

でもそれを超えるほどの不安や辛いこともある。


だったらなんで今生きているんだ。


「死別式……俺もやってみようかな」


そこからは早かった。


仕事をやめて、保険を解約し、家を片付けた。

相談所に死別式のアドバイスを受けに行く。


「死別式ですね、かしこまりました。予算はどのくらいを?」


「うーーん。10万くらい……?」


「ふざけてるんですか。どうせあなたは死ぬのに

 最後の宴にケチってどうするんですか」


「あ、そ、そうですよね……あははは」


会場に来た人へ渡すご祝儀をいくらにするか。

死別式のプログラムや構成などを細かく話して式の準備を進めた。


準備を終えると、不思議とスッキリした気持ちになった。


「なんだかすっきりしました」


「生き方も死に方も選べるのは、生きてるうちですからね」


半年後、地元で俺の死別式が開催となった。

会場にはアーティストのライブでも始まろうかという人が押し寄せる。


「す、すごい! こんなに人が! 俺ってこんなに慕われてたんですね!」


「半分くらいはご祝儀乞食でしょうがね」


「それでも自分を知ってもらえてるだけで嬉しいんですよ」


「いつまで覗いてるんですか。早く準備してください」


「あ、は、はい!」


全員がテーブルに付く頃、会場の入り口へとスタンバイ。

自分が選んだお気に入りの曲を流しながら会場へと入った。


割れるような拍手に包まれて会場を練り歩いていく。


(嬉しい……みんながこんなに祝福してくれてる……!)


自分は人からの承認欲求に飢えていたんだなと感じる。

正面の席に座ると、代わる代わる友人たちの挨拶が始まる。


「お前のこと、本当は憧れていたんだ。

 学生のときはそのねたみもあっていじめたけど……。

 本当はお前のまっすぐなところがずっと羨ましかったんだ」


「そ゛ん゛な゛に゛俺゛の゛こ゛と゛を゛……!」


友人たちの挨拶に涙が止まらない。


「私、あなたに昔告白されたときに断っちゃったけど

 本当はうれしかった。でも答える勇気が出なかったの」


「ああそうだったんだ……!」


昔にフラれたクラスの女子の言葉に、

自分の中で劣等感を持っていたモテ加減を見直した。うれしい。


式に来れない友達も凝ったビデオレターを送ってくれたり、

かつての担任の先生からの手紙も心に刺さる。


自分はこんなに人から感謝される人間だったんだ。



式も中盤にさしかかり、お色直しとなる。

控室に戻ってふたつめの衣装に着替えていく。


「あの……コンシエルジュさん。

 今回のプログラムにケーキ入刀ないのに、

 なんでテーブルにナイフあるんです」


「慣例的なものです。早く着替えてください」


「ああ……はい。あの、あともうひとついいですか」


「なんです?」


「やっぱり……死にたくないって言ったら……?」


その言葉でコンシェルジュの顔つきが変わった


「なにを言ってるんです? ここで生きてどうするんですか。

 この式であなたの貯金はゼロ。もう生きていけないんですよ」


「で、でも、わかったんだ。

 俺は死にたいんじゃなくて、人から必要にされたかったんだって。

 貯金なんてなくても生きてはいけるよ」


「ええそうでしょうとも。ただし人間らしい生活なんてできません。

 そしてもう二度と、こんな風に感謝されて死ぬこともできませんよ」


「そんなこと……」


「この先、みじめに生きて続けてどうなるんですか。

 どうせ数年後にはあのとき死んでおけばって後悔するんですよ。

 公園のベンチで寒さに震えながら生きてることが、あなたの望む人生なんですか」


「……」


「葬儀屋も準備してるんです。お墓だってできてる。

 あなたはここで死ななくちゃいけないんです。

 さあ、早く次のプログラムをはじめましょう」


「……はい」


中盤のプログラムでは自分の反省を映像で振り返った。

会場の参加者はときに手を叩いて笑ったり、

「あったあった」と懐かしんだりしていた。


でも俺の心はモヤモヤしたまま。

式はついに終盤へとたどり着く。


「……えーー、では……みなさん。

 最後の乾杯で締めたいと思います……」


参加者は全員が立ち上がり、グラスを掲げる。

俺のグラスにだけは事前に発注した神経性の毒が入ってる。


無味無臭。

ひとたび飲めば脳停止し、痛みも感じるまもなく死ねる。


これが最後の一杯。


「それでは……みなさん、さ、さようなら!!」


「「 さようならーー!! 」」


会場の全員がワインを飲み干した。

ただひとり自分を除いて。


「だめだ……やっぱり……死ねない……」


会場がざわつきはじめる。


「俺はこんなにもみんなに必要とされてるなんて知らなかった!

 みんながいるこの人生をもっと生きたい!

 生き続けて、みんなにもっと必要とされる人になりたい!!」


拍手が起きると思った。

静寂のまま、ただ冷ややかな視線だけが送られるばかり。


「あれ……どうしたんだよ、みんな……?」



「なに勘違いしてるんだよ。

 あんな手紙なんて、気持ちよく死ねるようにするためのお世辞だろ」


「私、別にあなたのことなんとも思ってない。

 でも御祝儀ももらったし、あれくらい言わないと失礼じゃない」


「お前が死ぬっていうから、あれだけ言ってやったんだ。

 それを気分がよくなったから取り消すのはありえないだろ」



「なんで……みんな、そんなに俺に死んでほしいのかよ!?」



「お前が死なないと意味ないだろ!」

「そうよ! 私の時間を返して!」

「こっちは棺まで用意してるんですよ!」


みんなの目に怒りの火がともっていく。

怒りが頂点に達したとき、会場にアナウンスが流れた。



『それでは、ゲスト入刀の時間です』



参加者が一斉にテーブルのナイフを手に取ったとき、

最後にナイフの使い道を知った。

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