僕、あるいは私はで語られる一人称の主人公は大抵何かしらの闇を抱えている。その闇は暗黒神話に直結しているものだが、著者は怪物の正体をうまい具合に隠蔽している。もちろんクトゥルー神話好きならば看破してしまえる愛すべき怪物たちだが、ことさらに名前を出さない代わり、恐怖譚怪異譚めいたショートショートとして読めてしまうのがよい。いくつか重複するモチーフがあるのは作者にとってのフィリアかフォビアか。
落ち着いた文体で語られるシックな恐怖にコズミックなスパイスをひとかけ。ショートショート×クトゥルー神話の白眉。
あたかも近代文学を思わせるかの文章に漂う仄かな昏さがクトゥルフ神話と相まって一瞬で幻想の中に叩き落としてくれる。時代の湿度すら感じる語り口の美しさゆえに悍ましい。