10話。B級映画より酷い終わり方です。

 ――シスターヘレナは処女である。

 あたり前の話だが、心は血みどろに穢れていても身体は純潔である。


 だからこそ――彼女の血が僕の舌に蕩けた瞬間、初めて味わう疼きと昂りに身体を捩りながら抱きしめてしまう。


 十代後半の処女特有のブランデーの様なフルーティーな甘味と、ほのかに舌に残るカカオ100%チョコレートの様なビターな苦味。しかも人種が違うお陰で煙っぽい風味がブレンドされていた。


(国境を一つ越えるだけで此処まで味が変わって美味しくなるとは……やはり食文化は大事って事ね)


「はぁ……」

「最期の晩餐は堪能頂けましたか?」

「えぇまぁ」

「それは良かった。――で、これが正真正銘の最期となるのですが、言い残す事はありますか?」

「それはこれから確かめます」

「? ――ッ!?」

「お! 行けた?」


 余裕の勝ち誇った表情が途端に崩れる。


「血のっ……支配? なんでっ!? 蚊よりも吸われていなかったのに――ッ」

「おやおやまあまぁ、相手が真祖だって事を忘れてました? 残念ながら真祖に勝ちたいのなら無傷で打倒しないといけないみたいですよ?」

「!? 流石は奇跡を起こす神が匙を投げた存在。なんと無茶苦茶な……」


 血の支配。吸血鬼は血を啜った相手を支配できる。これを廊下で死んでいた吸血鬼達の記憶では皮肉を込めて制隷せいれい化と呼んでいた。

 ちなみに制隷化を果たすにはそれなりの血が必要になるけど、そこは真祖。記憶の中に居た数多の吸血鬼の中にはたった一滴で制隷化をしていた者が居たから、ワンチャンそれより少ない血の量で行けるんじゃ? と、思ってやってみたら行けちゃいました。


 ――まぁ、


「……」

「……」

「……」

「……? あ、あれ?」


 眼前に迫る100体以上の軍勢までは制隷化が出来ないようです? ――ヤバいです? 


 ――うん! ヤバいです!! これは全くの予想外なんですけど!? 使役者を制隷化すれば使役されてる奴らも丸ごと支配出来るんじゃないの普通はッ!!


「……」

「……」


 目が合う。してやったりとほくそ笑むシスターヘレナと目が合い、神の奇跡としか思えない己の勘違い――いや、勘違いですらわからないこの結果に呆れて笑みを零します。


 ――で、


「「停戦!!」」


 互いに両手を上げて降伏する。僕は制隷化と一緒に吸血鬼モードを解除し、シスターヘレナも軍勢ごと銀色の湖を枯らして消した。


「なんとまぁなんとも言えない決着の仕方ですこと」

「全くですね。こんなの初めてです。まだアイ〇ンマンのパチモン映画の方がマシに思える決着の仕方に呆れを通り越して変な笑いが込み上げてきます」

「なら背中や腰に腕を回して寄り添いますか?」

「フッ――ハッ――フンッ――」

「シスターの笑い方じゃない」


 三連続で鼻で笑われた事に呆れて、本日何度目かの台詞で物申す。

 

「自分で言うのもなんですけども……これで良かったのですか? 神に仕える者として僕みたいな存在は刺し違えてでも打倒するのが使命なのでは?」

「神のめいより自分のいのち。これを毎朝毎晩、神の像に跪きながら心の中で唱えてます」

「シスターが唱えて良いお言葉じゃない。教会の人が聞いたら鞭を片手に石投げそう」

「これはこれは。人間皆罪人ですよ? でもまぁ壱百夜君が納得いかないのなら再戦を――っと、時間切れみたいです」

「! おやおやまあまぁ」


 水平線の遥か彼方から日の出が昇り、二人して太陽からの暖かな光を浴びた。


「! しまうの?」


「えぇ。此処からは人だけ時間ですので。――ね? 壱百夜君」


 と、朝日でキラキラと光る十字架を服の中へしまい、やや眠そうな様子で言う。

 

 こうして僕達の長い夜が終わった――。

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殺人鬼から吸血鬼になってしまったらしい私はどうすりゃいいですか? 白黒猫 @Na0705081112

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