9話。シスター様の戦い方じゃない・・・

「銀の泉よ――満たせ」

「!?」


 その手で掬い上げた銀の泉の水が、掬い取った以上の量でその手から溢れて零れ落ちる。しかもそれに共鳴するように銀の泉の水が増して言って彼女の後方を埋め尽くし、文字通りの銀色の湖が出来上がった。


「銀の湧き水は泉となり湖となり、いずれは原初と繋がる河となりましょう」

「――決まった?」

「えぇ最高に」

「へぇ」


 ――ヤバい。軽口が叩けなくなる程に泉から広がった銀色の湖から嫌な感じが大量に・濃厚に・濃密に滲み出ている。湖畔に居るはずなのに目を閉じれば肩までどっぷりと浸かっている気分です。


「その昔、水銀は神秘的な液体でした。中国のかの王は不老を与える万能薬と信じ、また多くの錬金術師はその最果ての夢であった賢者の石の材料として、そして中世のヨーロッパではペストに効く薬として」

「チン王と指パッチンと変なマスクでしたっけ?」

「――余裕、無さそうなのに有り有りですね? その万年すっからかんな頭の中と同様に」

「今はシスターの事で頭が一杯です」

「煩いですよ? 低学歴予備軍風情が。全く……馬鹿な発言に苛々させられる」

「シスターの言葉どころか人が言っていい言葉じゃなくないですか!」


 精一杯の軽口&口説き文句を言うと言葉の刃となって返ってくる。僕の心はボドボドダ! あとシスターが創作物であってもネクロマンサーの名言を借りちゃ駄目なのでは?


「フフッ。軽口に飄々感がありませんね? ――安心しました。どうやらこの湖を吸血鬼の本能が警告を発している……そうでしょう?」

「えぇまぁ」


 警戒したまま銀色の湖を観察する――と、シスターヘレナは湖の上を右へ左へと優雅に歩き始めた。


「壱百夜君。貴方が今感じているのは鎮聖でもなければ神性でもありません。ただただ強い願望と言う名の猛毒と、それを願った人達の身に余る生命力です」

「ッ」


 湖から人の形を象っただけの不気味な物体が多数浮上し、目の部位から銀色の液体を流しながら訴える。


『永遠を』

『死なない身体を』

『不死の肉体を』

『助けて』

『ゆるして』

『許して』

『赦して』

『――神様』


「――……うっわ」


 気色の悪い光景と、気色の悪い言葉たち。まるで沸騰したお湯に沢山のミミズを入れたみたいな地獄絵図だった。


「フフッ。神ですら手にする事が出来なかった不老不死を目指し、何もかもを捧げてあらゆるものを犠牲にした憐れな哀れな過去の残骸。――滑稽で生き汚いですよね? 命が終わっていく過程と瞬間こそが一番美しいというのに」

「――その過去の残骸が沈んだ湖で何をしようと?」

「簡単な話です。この湖に貴方を沈める。そうすれば貴方は命を与えられるでしょう。しかし得たと同時に死ぬでしょう。この世の人類史が証明している様に、水銀で永久の命は得られないのですから。中国のかの王が万能薬として水銀を飲み続けた事で死に、錬金術師達の夢の最果ては叶わず、ペストの特効薬と信じた民衆は命を落としたように」

「!」


(マジか……)


 銀色の水面を這い蹲っていた過去の残骸達が一斉に立ち上がる。しかも泉の時から居た獣も数十体と湖から這い上がり、計100体を超える大群となってただ一人の吸血鬼へと歩み始めた。


「さぁ、永遠を求めた過去の残骸達が命無き憐れなノーライフキングに刹那のを与えに行きましたよ」

「おやおやまあまぁ」


(だから……シスターの言葉じゃな~い)


 と、心の中で訴えながら夜空に舞う使い魔を口の中に運んだ。シスターヘレナの血を啜った使い魔鳳蝶を。

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