0004 戦火鎮静


「王女殿下、戦のあト必ずイアにご報告ネ」


「いあ?」


「そそ。ファヴァーヤ興した女神様。王女殿下はイアの加護を受けル尊い御人ナの」


 いまいちわからないが、なんとなくはわかった。彼の王女殿下が受けているという女神の加護は本物だ、と。でなければどうしてどうやって聖堂のそれも特等たる騎士団を退けることができようか? 武力的に考えても絶対不可能なのは当たり前の認識だった。


 他宗教で似たような形で凡人をまるで神のよう祀りあげている国もある。見てきたもののそうした凡人たちはいざという時一番に逃げだしていた。フェシエル王女は違う。


 戦争の矢面に自ら、率先的に立った。そして、最悪の災厄に等しき聖堂の騎士団を王と共に蹴散らして凱旋した。なぜか、異国民である避難者たちですら誇らしく思えた。


 それから数日置きにいずこかの国々が砂礫の地を踏もう、踏み躙ろうとしたが王と王女の迎撃に遭って追い払われていった。そんな日々が続き、やがてファヴァーヤの地を荒そうとする不届き者たちは現れなくなった。王家は緊張を続けたが民は健やかだった。


 それから数年がすぎ、避難してきた者たちは王の許しをえてファヴァーヤに永住することを決め、斡旋してもらった仕事で食い扶持をもらい、こどもたちは大きくなった。


 成長した彼らは数人ほど望んで、志願して兵役に就くことも許された。平穏な時。


 世界中でいまだ火が、戦の業火が燃えているのが嘘のよう、平和な時がすぎていってさらに十数年が経過し、王家も世代交代などがあったものの相変わらずファヴァーヤは常勝無敗を誇っていた。これには各国も完全にお手上げとなった。攻めるだけ無意味と。


 そうして、孫世代が子世代に伝えていく最中、ようやく世界各国の火の手が弱まりだした。どこもかしこも疲弊していて勢いも戦力も気力をも諸々と削がれていっていた。


 これ以上の戦火は無意味にして無駄。それをようやっと各国が理解したと同時にが仲介を申し出た。その流れに乗って各国が和平協定へと乗りだしたといわれる。


 歴史的な和平協定にはもちろん平穏を、平和を望むファヴァーヤ王家も参加し、調印に向かうのに、この為だけに今代の王と王女は正装を新調したと言い伝えられている。


「アレがファヴァーヤの現王ジュドラバ・エニスティル。それであの女が王女殿下」


「現王は即位したばかり。王女とは兄妹」


「しかし、あの王女の迫力はなんだ? 兄王がすっかりかすんでおるが王は気にかけてもいない。妹を優先するとでも? くだらん女尊男卑を気取っているつもりなのか?」


 ひそめようともしない各国要人たちの囁きにだがファヴァーヤ王国王族兄妹は気にしていないと澄んだ表情で真剣な面差しで式典に臨んでいる様子が窺えた。腹立たしい。


 戦争中、唯一自国を護り切った守護の要であるふたりはすすめられる酒を遠慮し、この日の式典用に仕立てた衣装を風に靡かせる。王は黒、王女は黄のローブを着ている。


 これが意味するところを汲んだのはいずこか国の要人ではなかったが、ある意味この和平協定における重要なる人物だった。艶やかな黒髪。黄金の瞳。陶磁器の肌。整った容姿を備えるその御仁はうっすら微笑みを浮かべてファヴァーヤのふたりに挨拶をした。


「さすが聖地ファヴァーヤ。わかっておる」


「畏れ多い。大賢者様」


「ふふ、ジュドラバ王よ? 妹を引き立てるお飾りで在る現状の心境はいかがかな」


「大賢者カリム・ホーン・ラーク様。私は飾りではありません。大切な妹の盾です」


「王陛下……」


「アーイディは立派に今代でのお役目を果たすことを誓いました。なので私も――」


 兄王は大賢者、と呼んだ若く美しく、中性的なひとの言葉に堅く返す。これに対して大賢者カリム・ホーン・ラークは茶化すよう王をお飾りだ、と揶揄したが、これにも兄王ジュドラバは冷静に淡々と言葉を紡ぐ。妹王女アーイディの決意に報いる、と告げた。


 王の、兄の言葉を受けて王女も、妹も大賢者に少々の反駁を混ぜて言葉を返した。


「私はいにしえの代を継し方々に到底及ばぬ程度の守護は力でございますが、祖国ファヴァーヤを愛すると同じだけ兄を、王陛下を尊敬しております。ですので、すぎたる言葉は」


「ああ。わかっておるさ。冗談じゃ。力も偉大故に我も口に気をつけよう」


 大賢者の言葉に兄妹は揃って頭をさげて感謝の意を示した。妹の為、兄の為にと。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る