0005 大賢者の予言


 ふたりの互いを尊重しあう姿勢にカリム大賢者は苦笑し、余所の国や領土を守ると自負せし者たちを睥睨した。冷たい眼差しが雄弁に語っている。この兄妹以上に国、ひいては民たちを真に想いしある意味での傑物はここに、この和平の場にはいない、と結論。


 大賢者はファヴァーヤの名酒であり銘酒のロマリマしゅを一杯ひっかけてふたりに手を振って他の国から来た、和平協定を結びに来た有象無象の阿呆に仕方なく会ってやる。


 正直、なにを言われても右から左、耳の手前に謎の真空ができた心地で時折ファヴァーヤのふたりを盗み見る大賢者の黄金の瞳は笑みを湛える。そして和平は無事成った。


 戦の火をばらまいたオルンケルン聖堂王国とは対するように在る家常茶飯を守る国プラシディエ真奉教国家が正式協定を書き綴ってきていたので国々はそれに目を通した。


 ファヴァーヤの王家ふたりも当然に目を通し、見落としがないように再確認して頷いたので各国要人の代表が席を立った。ファヴァーヤのふたりが最も時間をかけていた。


 時間をかけてでも誓約を確認したふたりにこの場、和平の場で大賢者だけが心中で拍手を送った。他の国の者たちは流し読みだったからだ。国の平穏がかかっているのにありえない態度悪さだったせいか、大賢者はより一層ファヴァーヤに肩入れしたくなった。


「では、ここにしるしを」


 プラシディエ真奉教国家の司祭が声をあげて要人たちが並んでそれぞれ王家の、もしくは領土の名家だという証印を捺していく。ファヴァーヤ王も主だった国家産業のひとつであってそれにより産出される握り拳大の金塊に家紋、王家の紋を彫った印を捺した。


 金細工にも秀でたファヴァーヤを今この時にだって落としたい国は山ほどあった。


 属国にして国を潤すのと謎深い王家に伝わる守護とやらを手に入れたいと目論む。


「和平は成りました。これで散会とします」


 司祭の声が響く。各国の思惑が渦を巻く中、和平が成ってしまったのでどこももう安易に他国へちょっかいの欠片もかけられなくなる。ファヴァーヤになどもってのほか。


 神聖で在り続けて、清貧を尊ぶファヴァーヤ王国は国々の思惑を知り、熟知してなお和平が、仮初の平和が成ったことをふたりで静かに喜び、互いに手を取りあっている。


「おお、そうじゃ」


 プラシディエ真奉教国家の司祭が解散を言い渡したので各国は要人たちが引き揚げようと席を立つ、と弾むような声が響いた。なにか思いついたこどものような声だった。


 大賢者カリム・ホーン・ラーク。幾千年を生き、異次元にすら通ずるといわれているこの世の秩序にして絶対の怪物ともされる御仁の思いつきには要人たちも足を止める。


「和平が成ったこの善き日にこれを言うのもなんだがのう、戦禍は再び訪れようぞ」


 どより。要人たちがざわめく中ファヴァーヤのふたりはまったく動じず、むしろその予言じみた言葉を粛々と受け入れるように静かに拝聴の構えを取っている。さすがだ。


 大賢者がさすがの胆力だと心の中で絶賛しているというのもわかっていてその先にカリム大賢者が言うことをすでに知っているかのよう、ふたりは微動だにせず沈黙する。


 黙ったまま偉大なる賢者の声に耳を澄ませているふたりは先が確定されるのを待つ死刑囚のような面持ちでいる。未来に不安と不穏を見たかのような、そういう表情――。


「戦火は聖地ファヴァーヤで燃えあがろう」


 朗々と神託のように予言を言い残して大賢者は天女の笑みで、慈悲なき英雄の眼差しで諸国にて偉人と祀られる者らを見渡し、最後にファヴァーヤ王女アーイディを一瞥。


 王女殿下は深く一礼を差しあげてご神託を賜り、表情に影を落としたが構わない。


「何代目か、は知りえぬも歴代最強の守護を賜りし王女殿下を芯に火の粉は散ろう」


 不吉な予言を残して大賢者は忽然と消えた。和平の場に残りしは疑問と……――。


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