0002 砂礫の国で
「テグラバ・エニスティルという」
「あ、ああ、あのっ」
「ああ。堅くならずともよい。長き、長すぎる旅路に労いを用意させてもらったのでひとまず回復するまで休んだ方がよかろう。顔色が悪い。こどもたちも、休ませなさい」
そうして商隊の隊長を務める男の紹介で王宮に通された男は生れてはじめて王が住まう場所に足を踏み入れたし、国王陛下に謁見したが作法がわからずあたふたし、彼、テグラバ王陛下に自己紹介を先んじられ、体を心配されてさがらされた。話はあとだ、と。
男は体よく追い払われたかとふと不安になったが宮殿の兵が案内してくれたのは王宮から遠くとも一軒の宿泊施設だった。なんでも王の厚意で開放してもらったのだそう。
宿を切り盛りしているひとのよさそうな女将も話は聞いている、と片言のフィリッツェン語で言ってすぐ食事をつくるから、いいから座りなさい、横になりなさいと言って大部屋の扉を一室空けてくれ自由に使ってほしい、と言って果実水を先に届けてくれた。
こどもたちは水を飲み、ベッドに横並びゴロゴロ寝っ転がってすぐ寝息を立てた。
それから大人たちも床に腰を落として水を飲んでいると女将さんが食事のカートを押す者も含めて数人でずらずらやってきてとりあえず衰弱が激しい女性には粥を与えた。
「さ、消化にイイものをいくつかつくったカら遠慮なくおあがりなさイな。可哀想にねぇ、よく頑張っタよ。諦めなかったのとても偉いヨ。もう大丈夫ダから安心していい」
「あ、りがとう、ありがとう……っ」
「いやだよぉ、このくらいなことで」
そんなふう言い快活に笑う女将さんはこどもたちに配膳していきそのまま面倒を見てくれるようなので大人たちも久しぶりとなる食事をなんとか弱った胃に流し込んだので次にぬるま湯で湿らせたタオルを数枚も渡して体を拭いた方がいい、と提案してくれた。
従う大人と、こどもたちは女将さんと数人ほど王宮から手伝いに来てくれた侍女たちが体についた砂埃や血糊や草の汁を拭いて綺麗にしていってくれた。心尽くしだった。
彼女たちはまるで当然のことみたいに避難者たちの世話をしてくれる。王の命令だけが理由じゃない。この国の人間には世界で流れた無辜の血が通っているのでは? そんなバカげたことを考えるほどの温度のある人々ばかりだった。これまでの旅路に報いる。
そんな施し、ではない。配慮。人間らしくてらしくなくてでもこれまで見たどの人間よりも人間らしかった。汚さも醜さもすべて包んでくれるようであったかかったのだ。
彼女たちの表情からも窺える。当たり前の配慮を大袈裟にする避難民たちにくすくす笑う世話人たちは落陽と共に部屋をでていった。ベッドにこどもたちと共に寝転んだ。
翌日には医者と医薬品が届けられ、その次には各家で着なくなった古着を山盛り。
そして、数日間たっぷり休んでこどもたちも大人も元気を取り戻した頃、王が訪ねてきてくれた。たっぷりの果実水とこどもたちにはお菓子のお土産も持ってきてくれた。
「休めたようだな。顔色がいい」
開口一番。王が放ったのは案じる言葉。顔色を見てこれなら話ができる。そうした判断に落ち着いてくれて事情を聴く構えとなってくれたので一団の長は話をしていった。
これまでの辛い旅路にあった様々な過酷。辛い別れと決断と犠牲の数々を。それらを王は心から憂い、大人たちの背で香辛料入りのクッキーに夢中になる子らを見て笑む。
であれ、こどもたちの笑みを守ってこられたのならば立派に責務を果たした。暗に言ってくれている彼に避難者たち一同感謝してもし切れないほどであった。ありがたい。
王は優しい目でこどもたち、クッキーを仲良くわけっこする幼い命たちを静かに見守り、微笑んでいる。中央領やその他の地域とは異なる容貌をしている。浅黒い肌に砂色の髪をゆったりと伸ばしてひとつくくりにして、淡い青の瞳はさながら大空を思わせた。
いがみあい、醜く諍いを起こし、くだらない瑣事で殺しあう自国に近しい国の人々との差異。この国王陛下は心から彼ら、異国からやってきた異端なる民を慮ってくれる。
ひとをひととして見ている。この国は世辞にも豊かとは言えないと言っていた王だったが、それであっても祖国を捨てざるをえず、その上で命からがら逃げてきた避難者たちを受け入れ、王の私財を擲って擁護してくれた。王は三日と置かず、見舞いに訪れた。
ファヴァーヤ王国へ亡命し、避難してから十日以上の時がすぎた。王家からの援助は途絶えず、まるで世界の飢えと苦痛は俗世の争乱とばかりに恵みを授けてくれていた。
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