不運魔攻銃士と砂礫の国の《神ノ火》

神無(シンム)

〇章 世界大戦という怪物

世界に火がまかれた秋のこと

0001 世界大戦


 天聖歴八五七年。世界大戦が幕を開けた。


 冷たく熱い、熱を持ち、熱を奪う凶器たちによる狂乱の宴が、誰も望まぬままに。


 人命を奪っていく凶器たちの狂った争乱はまたたく間に全土へと広がっていった。


 エレントシビスと呼ばれて中央直轄領をまん真ん中に据えて東西南北に各領が広く大地のすそ野を拡げ、木々草花を茂らせていた筈が、長閑な田園や田畑があった筈の地があっという間もなく紅蓮の炎に包まれていった。植物は身を捩り、苦しんで炭と消えた。


 巻き込まれたのは植物だけではない。動物たち、家畜も野生の生き物たちもそして当然とばかりに人間も巻き込まれていった。美しかった営みの跡はただの焦土と化した。


 地に落ちていく弱者たちの怨嗟と怨念が渦を巻き、あらゆる生態系が狂い、やがて〈魔のもの〉、とのちに呼ばれる異形異端異貌の生き物たちがことさら弱きを喰らった。


 強き者も、弱者にとっての強者も〈魔のもの〉の前ではひとでしかなく例外はないままに戦争先で命の連鎖は壊れていった。崩壊した食物連鎖から逃れる者たちもあった。


 逃亡の旅路は先々でいくつも死体を見た。


 野ざらしにされている死者たちは死に顔を整えられることもされていない。理由は残酷無慈悲だった。敵がその死体になにを仕込んだか知れないからだ。愛する家族を一瞬で奪われた男が妻と子の体を抱きしめて爆裂に巻き込まれた。まだ広く知られざる魔術。


 悪魔の術が作動してすべてを喪った男をも消し飛ばした。妻子の死体も木っ端となって大地に肉片と血が無情な雨となって降り注ぐ、そんな光景が網膜から離れなかった。


 鮮やかな緑が広がっていた筈の森林山岳にも多くの魔導式呪術爆撃砲弾、略称術爆が落とされ、真っ赤な、血のように赤く、熱く、すべてを呑み込む勢いで緑は失われた。


 人々は散り散りに逃げ惑い、合流しては離れして少しでも戦火の少ない、なんて夢幻に等しき地を目指して当てもなく彷徨うように歩き通した。腕の中の温度の為だけに。


 大切な、まだ戦争という怪物に喰われていない幼い命たちを守り、次の世代に繫げる為その為だけに足を進めていった。今はまだ暗い未来しかなくともいつか、いつしか。


 いつかこの、残忍なる殿上人たちの悪戯で起こされた穢れに満ち満ちて冷たい過去を払拭するだけの温かな光に満ちた未来を築いてほしい、とひたすらに願って落ち葉を踏み、獣のむくろを踏み、徐々になくなっていく口数の分だけ足を先へ先へと延ばしていった。


 旅の途中で問題となることも山ほどあった。第一の問題は食料と水だった。川の水は兵器の毒で汚染されて飲めたものじゃない。が、かといって買えるような状況でもないほどひとは飢え、苦しみ、やがて他人を気遣うなどという真似を忘れていってしまった。


 そして、弱き人々も争うようになる。子らの為、孫子の為にと負の奮起を発揮して一掴みのパンとたった一本の水が入った水筒を奪い取って渇きを、飢えを潤していった。


 その為、たったそのわずかな食料と水の為に殺した数は両の手指の数で足りない。


 数十人を殺してやっと手に入れられた食料を未来こどもに託してそのひとも亡くなった。


 致命傷を負いながら孫子の為に身命を賭してくれたことに旅路を先導する男はそっと涙を拭って先を急いだ。彼の、父だった。先を生きる者たちの礎となってくれた勇者たるひとを弔う間も惜しみ、一行は再び果てのない、無限の旅路を再び歩きだしていった。


 いく先も、訪ねる先も地獄、地獄、地獄。どこまでいってもどこへ逃げても地獄絵は隣人のように寄り添ってくる。忌まわしいことに。だから、またその地をあとにする。


 そうやって幾月が経っただろう。秋のはじまりを告げていた筈の蟲たちも死に絶えた地に白が降りはじめた。雪。季節はいつの間にか冬に移行していた。大人たちはこどもたちに温かい衣と靴下を着せ穿かせ、なんとかこの場を凌ごうと南に進路を取ってみた。


 まだ進んだことがない方角。西領であるこの地から移動するにも骨が折れるが、他の領土からほどでない。それに、ひとりきりになった女がひとつ噂話を仕入れてくれた。


 夫も子も亡くした彼女が小耳に挟んだのは西と南の境にある砂礫の国ファヴァーヤについてだった。その国の王は差別なく避難者を受け入れてくれているらしいとのこと。


 情報と引き換えに多人数にひどく乱暴された女は壊れた心でそれでも我が子と同じ歳頃の子らの為にその身を穢してでも情報をもらってきてくれた。避難旅のリーダーは女性に感謝し、「置いていってほしい」と望まれるままに先を急いで力の限り土を踏んだ。


 犠牲となった者たちに報い、礎となってくれた大事で偉大な勇者たちの為にもなんとかこどもたちだけでもその砂礫の地に送り届けなければ死ぬに死ねないと強く決意し。


 最後の希望に向けて足を進め、どんなに痛みを訴えても、足の裏がずる剝けても、寒さにかじかみ挫けかけようと。リーダーの男は譫言のように叫び続け、鼓舞し続けた。


 この先にこどもたちの安寧がある。安穏がある。未来があって広がるだからこそ!


 そうしてようやく、やっとの思いでたどり着いたのは国土のほとんどを砂に覆われた太古より在りし神秘の大国ファヴァーヤ王国。広い長い砂漠を旅する、までもなく避難者たちは大きな移動商隊キャラバンに拾われ、信じられないことに甘い甘い果実水の施しを受けた。


 毒の飲水を持ち歩く趣味はない。まごうことなき商品だ、と豪快に笑った移動商隊を取り仕切る隊長は世界共通語のフィリッツェンを拙かったが操って水とパンをくれた。


 こどもたちは喜んで喉を潤し、大人たちもこどものあとに乾燥した地域のせいだけでない渇きを潤して商隊の長に頼んでなんとかこどもたちだけでもこの国で保護してほしい旨を伝えたが、長は「バカ言っちゃいけねえ、俺がそんな重責負えるかよ」と言って。


「そういうことなら王に謁見できるように話通してやるから、王に直談判してくれ」


「だが」


「ああ、大丈夫さ。偉大なる我らが王は聡明にしてお優しい。きっと大丈夫だから」


 そんな不安そうな顔をしていたか? リーダーは自身の顔を触ったが商隊の長に今はすべてゆだねるしかないので頭をさげて頼み込み、そのまま商隊の車に乗せてもらい、砂漠の足ティスクレッガ――二足歩行のひとほどある蜥蜴に牽引されて王宮へ向かった。


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