第34話 全員集合

「皆さん初めまして。神社でメイドをしているオシゲと申します。お見知りおきを」


 何だ、その自己紹介はステキに不思議な矛盾がある。意味不明すぎて神経痛になったのではと思うくらいに脳が痛い。僕ですらこうなのだから、詩乃や徹が理解するのは相当困難なはず。


「お友達を紹介してくださいませ。それとも私から紹介しましょうか?」


 詩乃と徹がオシゲに招かれて社務所の中に入ると一気に人口密度は増加した。社務所は四人もいると狭い狭い。僕は立ち上がってパイプ椅子を折り壁に立てかけた。


「妻の梓です」


 オシゲは詩乃と徹に頭を下げたと思いきや、僕に抱きついてくる。止めてください。この人たちそういう冗談が通用しませんから。僕は両手でオシゲを手で押し戻す。


「どういうことよトシ」


 こめかみを引くつかせている詩乃を見るのは怖い。でも視界に入ってくるものはどうすることもできない。目を閉じるわけにもいかないから無駄だと思いつつ言い訳をする。


「この神社のメイドさんです」


 ああっ。何言っているの俺? 神社にメイドって和洋折衷文化ミスマッチすぎだろ。日本語として合っていても意味不明じゃん。


「ちなみに婚姻届はここにあります。結婚式はホテルのチャペルが憧れっ」


 左手をグーにして口に近づけぶりっ子ポーズ。今日のオシゲはコンタクトなのか眼鏡をしていない。潤んだ眸がコップに付着した水滴のように不規則に光を反射して悔しいけれど可愛らしい。けど、挑発するような笑顔は小憎たらしい。そして右手に闘牛士よろしくヒラヒラと婚姻届を見せびらかしている。


 いい加減やりすぎです。僕が婚姻届を奪おうとするとオシゲはギリギリで僕の手を避ける。届かない位置まで手を下げると、他の手が婚姻届を奪った。


「止めてください!」


 詩乃の言葉に殺気が籠もっている。目を三日月より細めながら奪った婚姻届を丸めて床に叩きつける。


「今は遊んでいる場合ではありません」

「酷い。本気でしたのに」

「冗談は止めてください。トシが結婚できるわけ無いじゃないですか。年齢的にも」

「ならば、お嬢、いえ、陸香は結婚できますか?」

「えっ?」


 目を丸くした詩乃は僕に視線で訴えてくる。何を言ってるのこの人って表情で言っている。オシゲの行動と発言が突拍子すぎて混乱しているのだろう。オシゲのしていることが意味が判らなくって。確かに初めて会った詩乃と徹にはそう見えるだろう。だが、僕には段々理解できるようになってきていた。いい加減、何回も茶番劇を見せられるのは勘弁してもらいたい。少し文句でも言おうかと扉を見ながら言葉を選んでいた瞬間――。


「結婚は十八歳からよ」


 突如、入り口の扉が開くと同時に声がした。狙ったかのようなタイミングの良さ。多分、外で話を聞いていたのだろう。自分たちが扉を開く瞬間を見定めるために。


「姉さん……」


 扉の向こうに立っているのは良く見知った人物――というか、姉だった。紺色のジージャンにジーンズ姿。別にデニムにこだわりがあるからではない。多分、他に服を持っていないからだ。もう。ちょっとはお洒落したらいいのに。働いているのだから。


 姉の後ろには母がいる。スカートを履いた母は、どう見ても姉よりセンスが良く人目を惹く。ただし、煮干パックを食べているのは大幅な減点要因だけどね。


「久しぶり梓、相変わらずの教養主義者っぷりね」

「千夏さんこそデニム教条主義者なのは変わりませんね」

「普段着がメイド服に言われたくないけど」


 社務所に入ってくるなり殺気を解き放っている姉よ。一体あなたは何しに来たのですか。オシゲと戦争でもしに来たのですか? ほら、僕だけじゃなく、詩乃も徹も事態を理解できずに呆然としているじゃありませんか。さらに母は、あっ。まだ、煮干を食べている。


「二人ともカルシウムが足りないからカリカリするのよ」

「お母様。煮干以外にチョコレートもありますが、私と千夏さんのどちらの言い分が正しいと思われますか?」


 オシゲは板チョコを懐から取り出してビシッと母に向かって突きつける。


「あらあら。チョコレート如きで買収しようなんて。私も安っぽく見られたこと」

「素晴らしいことに今ならキャンディーもついてきます」

「千夏、謝りなさい」


 棒つきキャンディーまでちらつかされたら仕方が無い。姉は悔しそうな表情でオシゲを睥睨している。このまま放置していたら掴み合いの喧嘩でも始めそうなくらい険悪な空気だ。もう、いい加減にしてくれよ。それでなくても緊急事態の場面なのだから。


「状況が全く理解できないのだが」


 ボソッと呟いたのは徹だった。ナイスタイミング。はっと我に返った姉の目から攻撃色が消えていく。オシゲの感情変化は読み取れないが、何処となく落ち着きを取り戻したようだ。


「で、何しに来たの」

「そりゃ、俊史の巫女姿を見に来たに決まっているじゃない」


 姉が社務所に入ってこようとするのを両手で押し返すジェスチャーで止めさせる。おしくら饅頭は趣味じゃないし、母さんが中に入ると建物が突如崩れかねない。不満そうなのは気にしない。


「わざわざ母さんを連れてまで?」

「母さんを呼んだのはそこのメイドの指示。既に煮干で犬の散歩を雇われていたって言うし……。と言ってもニュースは知っていたからすぐに何を考えているか判ったけど」


 ホントに煮干で雇われたのか母さん。リクには半分、冗談のつもりで言ったのだけど。でも、それくらいが母さんらしいし、それ以上のことは……。


「それでは行きましょうか」


 メイドが姉に向かって言うと姉も覚悟を決めたように頷く。ああ、今から乗り込むんだな。とか思いながらも何か心に引っかかるものがある。


「ちょっと待って!」


 気がついたら、そう叫んでいた。

 オシゲと姉が射すくめるような目つきで僕を見る。煮干を食べるのを止めた母さんだけがにこやかに微笑んでいた。

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