第33話 参拝者

 誰もいなかった境内にお客さんが現れたのは九時前だった。遠目には若いカップルに見える。こんな時期にカップルで参拝とは珍しい。って、そんな訳がない。常識的に考えれば神社でデートだろうか。確かに境内のベンチからの展望は悪くない。しかし、今日は雨が降っている。こんな日は図書館とかの方がいいだろうに。


 文句を言っても始まらない。社務所で巫女姿をしている限り神社の顔だ。みっともないと言われないように僕はだれきっている居住まいを正す。


 あっちへ行け。と思っていたのに、不思議なことにカップルは社務所目掛けてまっしぐらに歩いてくる。何か祈祷してもらう必要でもあるのか? それとも絵馬でも買いに来た? などと考えているうちに答えは判った。


「結構、似合っているじゃん」


 僕が社務所の窓ガラスを開けると徹は真面目な顔で声をかけてきた。そこまで真面目に言われると回答に困る。ある意味、笑われたほうが絡みやすい。


「可愛い! トシ」


 詩乃は嬉しそうだ。はあ。こちらはこちらで絡み辛い。

 二人の物珍しそうな視線に辟易していた。しかし、オシゲさんとでも交代しない限りは逃げだすわけにもいかない。学校で言い触らされることは絶対にないことだけが安心材料だが、ある意味羞恥プレイ。穴があったら入りたい……。


「お前ら何しに来たんだよ」


 完全に逆ギレ。いや、逆ギレというか俺ギレ。一人勝手に怒っている振りをする。


「今日はトシに会いに来たわけじゃなくて、リクちゃんを励ましに来たんだぜ」

「そうそう。例の発表以降落ち込んでいたみたいだから、元気付けようかと思って」

「連絡は取ったのか?」

「私も徹もインストしたけど、既読がつかないのよね。だから直接来たの」

「ごめんな。携帯を持ってなくて」

「あっ、そういう意味じゃないって。ほら、徹もトシが働いている姿を見たいって言ってたから丁度良かったし」

「あれ、乗り気だったのは詩乃の方じゃん」


 もう、どちらでもいいよ。既に巫女姿を写真に撮られているから今更だし。このままでは自分の話題ばかりされそうだから、話の軸を変える。


「今日はリクに会えないと思う」

「何で?」

「三条院ってこの間ラーメン屋に来た奴を覚えている? リクの親父さんの会社を買収しようとしている奴。あいつの会社のパーティーに出席するみたいだから」

「へえ。パーティーなんて楽しそうじゃん」

「いやいや、そんなに気楽なものじゃないよ。買収されるほうの肩身が狭い身だし、リクは三条院に狙われているから」


 徹は自分も参加したそうな顔をしているが、詩乃の表情は明らかに翳っている。


「どうして止めなかったの?」

「だって家庭の事情だし単なるバイトが口に出すようなことじゃないし。所詮高校生だしどうしようもないこともあるし」

「ねえ。トシは私の家が困っていたら助けてくれる? お父さんに無理矢理結婚させられるとしたら阻止してくれる」


 女子ってこういうとき意味不明だと思う。大抵ありえない状況を持ち出してくる。そもそも大将がそんなことやるわけないじゃん。って言いたかったが詩乃の真剣な眼差しは質問から逃げた答えを許しそうに無い。


「そんなことあったら、二人で助けに行くぜ。な、トシ」


 僕が助けられているよ徹。心の中で感謝をしながら言葉を選ぶ。


「結局のところリクの気持ちが良く分からないんだ。嬉しくないということは判っているけど、かと言って逃げ出したいって程でも無さそうだし」

「ちゃんと訊いたの?」

「あまり話を聞いている時間が無かったし途中で雨も降ってきたから……」

「じゃあ私が訊く」


 どうやって? どこにいるかも判らないのに。と言おうとしたら詩乃はスマホを取り出した。さっきインストの既読がつかないって言ったばかりじゃないか。突っ込もうとした僕を無視して詩乃はインストから連絡している。


「あ、リク? 私」


 どうやらは今回は陸香に繋がったようだ。詩乃はそのまま陸香と話を始める。盗み聞きをするつもりはない。だが、目の前の声は僕の耳に飛び込んでくる。陸香の言葉が聞こえないが、雰囲気から会話の想像はできる。


「だから私たちが……。もう判らずや!」


 詩乃は会話の途中から怒り出す。一体何のために連絡をしたのか覚えているのだろうか。思わず質問したくなるが、わざわざ火に油を注ぐ必要は無い。僕は黙って様子を見守ろうとするが、既に通信は切れているようだ。


「ちょっと聴いてよ。リクは私たちの助けとか要らないって。折角、心配しているっていうのに」

「そりゃそうだろ。僕らがノコノコ出かけたとしても迷惑なだけだからさ」

「でも泣いていた。声を押し殺して。だから我慢しているだけだと思う今の自分を」

「だからと言って僕らに出来ることなんて……」

「逃げたり誤魔化したりしないでトシ。私たちって私たちが出来る範囲のベストを尽くした?」

「待てよ。トシをそんなに責めるのは筋違いだ。俺たちに出来ることなんて高が知れている。所詮、俺たちは単なる高校生だし」

「でももっと力を持った人を知っている。トシが一番良く知っている人を。その人に……」


 詩乃の言葉には力が籠もっている。自分の考えに自信があると言わんばかりだ。だが、その考えは短絡的だ。波及範囲を全く考えていない。自分たちが良ければいいなんてことをしたら必ずしっぺ返しを喰らうはず。


「どういうこと?」


 一人、話についていけない徹が目を丸めながら首を傾げている。説明をしないと判らないよな。と言ってもオカルトな話だから徹のような現実主義者は実物を見ずに信じることはないだろうし。僕が考えていると詩乃は答えを請求してくる。


「できるよねトシ」

「どちらにせよ。陸香が何処に行ったか判らない限りはどうすることもできない。だからこの話は終わりにしよう」


 詩乃の提案したいことは予想がつく。ただ、上手くいくかなんてわからない。今までのことは偶然に偶然が重なっているだけのことかもしれないし、何よりも確約できないし、知らない人が聞いたら単なる荒唐無稽な話だろうし。僕は諦めようとしていた。何もせずに関わるのを止めようとしていた。自分が無力だと言い聞かせようとしていた。でも、自分の中で納得できない。顔には出さないようにはするが、自分の無力さに内心苛立つ。本当に何も出来ないのかと。


「判りますよ!」


 僕の背後から声がした。振り返るとメイドが立っていた。ニッコリと微笑んでいた。そして、スカートの裾を軽くつまんで僕たちに挨拶を行った。

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