第30話 陸香とオシゲの口論
とりあえず着替えてみたが……。やっぱり巫女姿はおかしいよな。と自分で思い直し着替えなおそうとした。別にジャージでも神社の事務仕事は出来ることだし。
僕はさっき脱ぎ捨てたジャージを拾おうとしたときにドアを叩く音がした。返事をしてドアを開けるとオシゲが立っている。どうしたのですか? とこちらが聞こうとする前にカツラを被せられた。そして半分無理矢理引っ張り出される。確かにすぐに来てとは言われたけど強引すぎないか。
「まだ社務所を開くまでは時間がありますよね」
「ふふふ。今から俊ちゃんの写真を撮ろうかと思いまして」
「えっ? どうして巫女姿ですか? 止めてくださいってそんな罰ゲームっぽいこと」
「だって婚姻届に必要じゃないですか」
「必要ありませんよ。多分」
「大丈夫です。三脚を持ってきましたから私も一緒に映ります」
会話が成立しないのはいつものこと。無軌道な行動に困らされるのも慣れてきた。僕は抵抗できずに流されるままだ。
これが大事な話? と考えていると拝殿の前に立たされる。三脚にセットしたセルフタイマーのデジカメでオシゲと並んだ写真を撮られる。婚姻届用とかいいつつピースなんかしたりして意味がさっぱり分からない。
「それにしても俊ちゃんご機嫌ですね。キラッとかポーズ取ったりして」
はぅ。しまった。つられて変なポーズを取ってしまった。絶対にこんなもの残っていた日には黒歴史になる。即行で処分しないと。
「今日中にインターネットにアップしておきますから世界中からアクセス可能になります。これで俊ちゃんもヒーロー間違いなし。やったね」
「訊いてないですよ。それだけは絶対に止めてください」
「ごめんなさい。ヒーローではなくてヒロインの間違いでした。期待していいですよ私のマイフレンド登録者は十万人超えていますから」
ちょっ……。何そのマイフレンド十万人って。芸能人と変わらないじゃない。てゆーか、むしろ多い。そんなところに僕の写真をアップロードした日にはどうなることやら。
ある意味世界中に恥を晒すのと同じ。僕がデジカメを奪い取ろうとするとオシゲは軽くかわしてから、いやーん。と奇妙な声を出す。マジ勘弁してよ。これでは僕が痴漢でもしているように勘違いされてしまうではないか。
「何やってるのトシ」
陸香がいた。白を基調とした春っぽい長袖のワンピースを着ている。何処かに出かけるのだろうか。気になるが、そのことよりオシゲのデジカメからデータを削除する方を優先させるべきだ。
「リク。オシゲさんを捕まえて。この素晴らしく美しい世界から僕の巫女姿を抹消しなくてはいけないから」
「お嬢様。一緒にトシちゃんの巫女姿を見てみましょう。凄く可愛く撮れていますから」
軍配は一瞬で上がった。陸香はオシゲと楽しそうにデジカメを見ている。おかしい。さっき撮影したのは一枚だけだったはずなのに何をそんなに見ている。
「消しておいてくださいよ」
「しょうがないですね。実はスマホで動画も取っていたんですがアップは止めておきますね。安全を考えて俊ちゃんの恥ずかしい写真セットと一緒にネットから独立したパソコンに保存しておくことにします」
そんな言葉はちっとも信用できない。ちょっと見せてください。と覗き込もうとするが、オシゲは素早くデジカメの紐を頭にかけて首から服にいれる。くっ。ここに入れられたら手を出すことは出来ない。それなのにオシゲはどうして取らないのですか? と言わんばかりに胸を突き出す。
「なんとかしてよ」
これ以上オシゲに言っても無駄だと考えて陸香にお願いする。けれども、陸香はどうすることもできない。と言わんばかりに黙ったまま頬を緩めて微笑む。楽しそうに僕のことを見ていたが、少しずつゆっくりと視線を地面へと落としていく。
どうしてそんな表情をするのか不思議になって今度はオシゲに質問をしようとした。しかしオシゲは僕のことなど気にせずに陸香のことを厳しい表情で見つめていた。
「お嬢様、説明しなくていいのですか?」
「姉さん。お願いだから。その話はさっき終わったじゃない」
「折角、こんなに和やかな雰囲気にしたのだからいいタイミングです。しっかりしなさい。誰だって困った時は人に頼るものです」
「じゃあ、姉さんやトシが何か出来るっていうの?」
「お嬢様、そんなに自暴自棄になってはだめです。自分自身を犠牲にして生きていくことができると思っているなら見当違いもいいところです」
オシゲは目を細めて睨みつけている。でもその眸には優しさが溢れているようにキラキラと光っている。まるで母親のように見守っているかのよう。それに対して、その眸から逃げようと俯いていた陸香は、白い肌に浮き上がるような紅い顔をオシゲに向け直す。反抗する子供のように暴れだしそうになっている。
僕は、もしかして買収の件が関係あるのだろうかと漠然と考えながら、終わりそうもない言い合いをする陸香とオシゲのことを見続けていた。
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