第13話 貧乏が悪い
「昔、あるところに、いつもお腹をすかせている少年がいました。というのもお金が無くてあまりご飯を食べられなかったからです。元来、貧乏だったと言うわけではなかったと思います。しかし、少年の物心がつく頃には生活が窮乏していました。なぜなら、母親が貧乏神だったのです」
一度、話を止めて陸香の様子を横目で見た。気になったのだ。彼女が僕の話を聞いているのかを。真剣に聞いてくれる。などとは思わなかった。だから無表情で地面を見つめながら歩いているのを肯定的に考えて僕は話を続ける。
「収入が入ったかと思いきや母親が無駄遣いをしてあっと言う間にお金が無くなります。勿論、当人が悪くない場合も多々あります。水道管から水が漏れて下の家の人の家財を弁償させられたり、買い物の帰りに何処かの子供がぶつかってきて中に入っていた卵が全部割れていたりとか。兎に角、なんだかよくわからないけどお金がなくなります。そして、家にお金がないのは辛いことです」
僕は陸香の反応を確かめるために立ち止まる。と、陸香も同じように足を止めて僕のことを見た。
「どうしたのですか?」
「いえ、こんな話、面白くないですよね?」
「それで、どうなったのですか?」
「小学生五年生の夏休みが終わってから少ししたときのこと、給食費を集めていた先生が突如騒ぎ始めたのです」
「泥棒でもいたの?」
「いえ、泥棒がいたわけではありません。が、先生は泥棒がいるかのように話しました。でも、少年はお金を盗んだわけじゃありません。給食費をその日に提出していなかっただけなのです」
「なら、どうして先生はそんな言い方を?」
「今でも分かりません。毎回、提出が遅れるのが気に入らなかったくらいにしか思えません」
「どうして? 勘違いだけかもしれませんよ」
「だったら、泥棒だなんて言わないと思うのですよ。確かに先生にとっては冗談のつもりだったかもしれません。でも……」
言葉に詰まった。何で僕はこんなわけのわからない話をしているのだろう。単純に自分が貧しかったという話をしようとしただけだったのに。記憶の中にある小学生時代を思い出すと、自転車を押す力が弱くなっていくのを感じる。陸香が僕のほうを向いているのは分かった。だが、目を合わせたくない。今の顔を見られたくない。
「その後は、どうなったのですか?」
「ここまででいいですか?」
「最後まで話していただけないと気になります」
「月並みですよ。みんなにいじめられただけです。酷い暴力とかは無かっただけましだったんですけど。あと友達もいましたので」
僕は口をつぐんで歩き続ける。過去のことも現在のこともグルグル頭の中を回って考えが纏まらない。もし、陸香がさらに話を要求してきたのならば逃げ出したに違いない。けれども陸香も同じように沈黙をしたまま。二人は神社までお通夜の列。
神社に到着してから、隅にある駐輪スペースに自転車を停める。ケージを籠から取り出すと陸香が受け取ろうと手を伸ばしてきた。しかし僕は拒否する。
「返してください」
「駄目です。僕のことを話したのですから、お嬢様も話してください」
「そんなのおかしいです。あなたが勝手に話していただけじゃないですか」
「おかしくてもいいんです。話してくれないのでしたら、この猫、貰っちゃいますから」
「猫を人質にするなんて卑怯です」
「人質か猫質か分かりませんが僕にどうしようとすることは出来ません。お嬢様が話していただけないのでしたら」
陸香に思いっきり睨まれている。だが、ここが正念場だ。僕は仕上げにかかる。
「この猫の名前、何にしましょうか。例えば、犬って名前にしましょうか。猫なのに犬。『どうしてくれるの。あんたのとこの猫がうちのお魚加えて逃げたのよ』って言われた場合、『えっ? 本当にウチの犬がそんなことしたんですか?』って会話をしたらとっても楽しそうじゃありませんか?」
リクは文句を言いたそうだが、それでも我慢している。目を細めて僕のことを睨んでくるだけ。よし、最後の一押しだ。
「他には猫なのに猫って名前とか。えーい、いっそのこと三条院って名前にしてみましょうか。意外とモヒカンが似合っていたりして」
「その子の名前はモフちゃんに決まっています」
陸香は言った後、自分の声の大きさに気づいて口を押さえる。
「話してくれますか?」
「何をですか?」
「どこから猫を拾ってきたのか? をです」
「拾ってきたわけじゃありません」
陸香は嘘をついていない。これだけは直感的に分かった。
「信じますよ」
僕の言葉に陸香は目つきを鋭くする。
「適当なこと言わないでください。どうしてそんなことが言えるのですか」
「お嬢様の目を見てそう感じただけです」
僕がそう言って心の奥を見透かそうと見つめると彼女は逃げるように視線をケージに移す。
「それに、僕はお嬢様に信用してもらいたい。だから信用するのかもしれません」
「交換条件みたいですね」
陸香は近づいてきてケージの取っ手を握る。僕が逆らわずに渡すと彼女はアパートのある神社の裏へ歩き出す。五、六歩進んだところで立ち止まって振り返る。
「何しているの? ついてきて」
「えっ?」
「だって、私のこと信用するのでしょ」
僕は桜のように微笑んだ陸香の横に並んだ。
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