第4話 仕事の疲れはお風呂で癒そう

 神社の仕事は思ったより退屈だった。今日のところは拝殿の傍にある社務所でお札やお守りの会計と電話番だけだったからだ。夕方の五時になったところで防犯用のシャッターを閉める。


「俊ちゃん。先にお風呂入っちゃって」

「僕は最後でいいですよ。着替えの準備もありますし」

「私を誰だと思っているのですか。ちゃんと俊ちゃんの着替えとバスタオルを置いときましたから」


 オシゲは勝手に僕の持ってきた荷物を漁ったのだろうか。盗られるようなものはないけれどプライバシーの侵害だ。内心むっとしながらも僕はオシゲの指示通りにお風呂場に向かう。木製の引き戸を開けると洗面所があり、ガラス戸の向こうに浴室はある。巫女服を緑色のプラスチックの籠の中に丁寧にたたみ、上に着替えを置く。そして、ガラス戸を引っ張って開けて中に入る。


 住居は木製の平屋建てで歴史がありそうな外観なのに改装でもしたのだろうか、大人が寝そべることが出来そうな湯船がある。シャワーもデジタルパネルで温度調整が可能なタイプだ。


 バイト風情が一番風呂に入っていいのだろうか? ガラス戸を閉めて湯船の温度を確かめていると、引き戸が開く音がする。


「猫耳をつけて背中を流しましょうか?」

「いや、いいです。ここに入らないでいただければ十分です」

「ボディーシャンプー、シャンプー、リンスと体を洗うタオルをここに置いておきますから、中のものは使わないでくださいね」


 うっ。用意がいい。確かに僕の荷物の中には、着替えくらいしかなかった。

 引き戸の開閉する音が聞こえてきたので、僕はガラス戸を開ける。


「騙されましたね」

「……」


 僕は速攻でガラス戸を閉める。


「それじゃ、出て行きますね」

「また、騙すつもりじゃないですよね」

「安心してください。私、嘘はつきませんから」

「ホントですか?」

「ええ、メイドとしての信用に係わりますからね。ただ、相手に私の言葉や行動を誤解させようとする癖はありますが」

「……」


出て行く音を聞いてから、ガラス戸を開けてお風呂セットを取ると髭剃りまである。自分では使わないだろうに。どこまで気を使っているのか。


 真面目にやればいいメイドのはず。しかし、どうして人をからかうようなことをするの。確かに仕事が大変なのは判る。けど、これでは周囲の人が迷惑だ。覗かれたり胸を触らされたり……、胸? ……いやいや、いかん。余計なことを考えているとのぼせてしまう。


もうそろそろ出ようかとすると洗面所の扉をノックする音が聞こえる。


「俊ちゃん、バスタオル置いておきますね」


 やばい。これは快適かも。だが、快適さに慣れてはいけない。僕は単なるバイトだ。どちらかと言えば奉仕する方の立場だ。


「そろそろあがりますか?」


 オシゲの声が聞こえてくる。


「ええ、今、最後の湯船に浸かっています」


 慌しく洗面所から出て行く音が聞こえた。相変わらず行動が理解できない人だ。でも、実はオシゲの突拍子も無い行動には理由がある気がしてきた。


「って本当か?」


 思わず一人突っ込みをしてしまった。


 湯船から上がりシャワーで浴室の床全体を綺麗に流す。変なものが浮いていないかチェックしてから浴室から出た。全身を拭いてから自分が結構毛深いことに改めて気づいた。熊みたいに剛毛ってわけではないが量が多い。と言っても誰かと比較したわけじゃないけど。


 ふと、顔を上げたら三面鏡があった。僕の家にはホームセンターで安売りしているような小さな写し鏡が壁にかけてあるだけだったから新鮮だ。やはり、ここはポーズをとらないといけないな。と、ボディービルダーのよくやるムキムキポーズをやってみる。うーん。贅肉はあまり無いけど筋肉も無いからちょっと貧相に見えるな。


 などと思っていたその瞬間に引き戸が開いて誰かが洗面所に入ってきた。

 陸香だった。

 僕は売れ残りの腐りかけた鯖のような目で呆然と立ち尽くす。頭の中が混乱して、どうすれば良いのかわからずに彼女を見る。


 陸香も混乱していたのか動きを止める。僕の顔を見てからゆっくりと視線を下ろしていき、半分より下に視線が移動した時点で大きな声を出す。


「ち、痴漢!」


 その声と共にマッハの蹴りが繰り出された。か弱い女性とは思えない格闘家並みの蹴りが僕の大事なジャングルに住んでいる象さんに向かって……。


「くぬおおおおぉーーー」


 蹴りを避けることが出来なかった僕は激痛でうずくまる。


「大丈夫。大丈夫。僕は元気な男の子」


 その場で訳の分からない言葉を適当に呪文のように口走る。あまりの痛みに黙っていたままではいられなかったのだ。


 くっそー、誰だよ。男と喧嘩をするときは股間しか狙わないってのを流行らせたやつ。まじ勘弁してくれ。かなりの激痛だ。もう駄目かも。と思ったが、しばらく我慢していたら立ち上がることが出来た。とりあえず、ピョンピョン軽く跳ねてみる。どうやら大事には至らなかったようだ。ふう。と溜息を吐いてから引き戸を見ると何事もなかったかのように閉まっていた。実は、今起こったことは幻だったといわんばかりに。


 もしかしたら幻だったのかもしれない。いや、白昼夢に違いない。僕はそう思い込むことにした。そうでなければ、やってられない。学校一のアイドルに痴漢扱いされた挙句に、大事な部分を素足で蹴り飛ばされたなど。ん? 素足? いやいや、駄目だ。考えるな。考えたら負けだ。


 僕が着替えを終えて洗面所を出ると、そこにはミツアミオサゲの女性が立っていた。待っていたかのように。

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