第3話 巫女服は正義?

 オシゲが、息を吐く声が聞こえた。僕の膨らんでいたものを引っ込めるのは思ったよりは簡単ではなかったようだ。でも、文句を言われることはない。それはそうだ。僕の意志で膨らませていたわけではない。不可抗力というやつだろう。


「どうかな?」


 言われてもわからない。自分で見ることは出来ない。けれども、上手くはみ出ていた髪の毛を調整できたのだろう。これでウィッグカツラのセットは終了のようだ。完璧に着替えが終わったところで僕は満足して……。


「って、なんで巫女の姿をしなきゃいけないんですか」

「ほら、やっぱり、神社と言えば巫女でしょ。サービスしないと」

「絶対におかしいですって。神社の規則的にもまずいんじゃないですか?」

「大丈夫です。あなたは巫女ではありません。巫女姿をした単なる男性神社職員です」

「無理がありますって。大体、カツラまでわざわざ用意したんですか?」

「巫女の髪は元々つけ毛ですから」

「そうなんですか?」

「ウィッグはおまけですが。そもそも、私こういうの手配するの得意なんです」


 分かりました。もういいです。僕は諦めの気分だったが、一言くらい言い返したくなってきた。


「それなら、どうしてオシゲさんはメイド服なんですか?」


 オシゲは僕の目の前でクルンと一回転する。そして、両手でスカートを軽くつまみ左足を右足の後ろに下げて右足を少し曲げる。カーテシーと呼ばれる映画でよく見るヨーロッパの挨拶だ。


「だって、メイドですから」


 ちっとも答えになっていない。でも、妙に納得してしまう。なぜなら文句のつけようが無いほど似合っているから。


 僕がオシゲを見ているときに、ふすまの外から声がした。


「新しい人が来たって聞いたけど」


その声にオシゲがいなくなる。あれ? 何処へ? と思った次の瞬間にふすまの前に座っていた。そしてふすまを開ける。


「お嬢様のおなーりー」

「そういうの止めてって言っているでしょ姉さん」


 女の子が入ってきた。僕と同じくらいの年齢、というより、彼女は僕と同じクラスの女子高校生だ。


 後鷹司ごたかつかさ陸香りくか。肩より長い艶のある黒髪を撫でながら微笑むと小春日和の温かさが周囲に広がるかのよう。繊細なガラス細工のように透き通る肌と壊れそうな細い体なのに気品のある立ち居振る舞いは、可憐でいて儚さを感じさせる。病弱なためか入学後二週間しか経っていないのによく早退する彼女は、男子生徒だけでなく女子生徒でも守ってあげたくなるような雰囲気を持っている。


 ある意味、鳴り物入りだったかもしれないが、既に一年生の、いや、学校でトップクラスのアイドルになっている。


 そんな女の子が部屋の入り口に立っていた。そして、花咲爺さんのように灰の代わりに桜の花びらを撒くオシゲ。


「いい加減に止めて」


 陸香はオシゲを怒鳴りつける。

 あれ? 普段の印象と違う……。家だからちょっと元気なんだろうか。

 元々、後鷹司家への丁稚奉公を内心嬉しく思っていたのは彼女とお近づきになれると思ったから。目の前にそんな学校一のアイドルである彼女がいるのだから僕の胸がドキドキするのはある意味必然だ。


 仲良くなるべく僕は挨拶をしようとした。学校でも挨拶をしてもおかしくないくらいの関係になれればと思って口を開きかけた瞬間に、はたと気づく。今の自分が巫女服姿だということに。


 僕は言葉を失って口をパクパクとさせる。陸香の足元で何処からか取り出したほうきとちりとりでビニール袋に花びらを集めなおしていたオシゲがこちらを見てニヤリと嗤う。


「あなたが新しく来た巫女さん? よろしくね」


 ドキッとした。陸香は相手の心臓を鷲づかみにするような笑みを浮かべてから、怪訝そうな表情に変わる。


「こっ、こちらこそよろしくお願いいたします。お嬢様」


 男ということを隠すために声色を変えた。しかし自分でも感じるオカマ声。二重の意味で恥ずかしくて腰から九十度に頭を下げて顔を隠す。もし顔を見られたならば口いっぱいに唐辛子を食べたような真っ赤な顔をしていただろう。


「俊ちゃんはお嬢様と同じ年齢なんですよ」


 オシゲは仰向けになって僕の顔を覗き込む。


「ちなみに、パンツの色は……」


 僕は触られたわけでもないのに、反射的に太もも部分の緋袴を抑える。


「姉さん恥ずかしいから止めて。ごめんなさいね。悪気は無いんだけど、冗談が冗談じゃないくらいキツイことがあって、あ、……。えっとお名前は?」

「俊って呼んで下さい。よろしくお願いいたします。お嬢様」


 僕は顔を上げられない。顔を見られたら自分の正体がばれてしまうような気がして。別に隠しているつもりはないけど、巫女服を着ていることをクラス中、いや学校中に広められるのは困る。困っちゃうのだ。


「お嬢様というほどの身分ではないですよ」

「判りました。お嬢様」


 溜息が聞こえてきた。お嬢様呼びは止めて欲しいと言わんばかり。でも、他にどう呼んだら良いのかわからない。僕は陸香がどんな表情をしているか気になった。どんな印象を抱いたのかを知りたくなった。しかし、とてもじゃないが顔を上げる気にはなれない。だから、彼女が溜息をつきながら部屋から出て行くまで僕はお辞儀をしたまま動くことが出来なかった。

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