衝動買い

鈴ノ木 鈴ノ子

ショウドウガイ

衝動買いという言葉をご存知だろうか、人間誰しも必ず1年に1回以上は行う行為だろう。

そして、大抵、いや、9割が購入後、暫くしてから後悔する。なんでこんな物を買ったんだ、と悩み、苦しみ、そして、数日後には見て見ぬふりをし、まるで最初からそのような行為すら犯していないかのように忘却してしまう。

 まぁ、小物類ならまだよい、小さいから隠せるし、捨てることもできる。


 だが、大きなものの場合は、もはや、どうしようもない。


 12月の半ばのことだった。私、二石部 芳樹にいしべ よしきは、自動車用品店に寄った。車に載せる置き型充電器を購入するのが目的だった。そう、現代社会においてスマホは必須だ。電話機から写真機、そして音楽プレイヤーなどなど多機能過ぎて使いきれていない部分も多い機械だが、まぁ、この際、そんなことはどうでもいいだろう、1人ドライブの際には音楽をかけてハンドルを握るのが当たり前となり、新車購入時にプレゼントで貰い使っていた充電器(何百万もするクルマに対して、おまけがケチでなかろうかと思ったのは内緒だが)が壊れてしまったため、その代用品を探すべくやってきたのだった。

 店員さんに置き型ものが欲しいと伝えると、ダッシュボードにつけた方が便利ですよと熱弁を振るって数多くの種類を紹介してくれた。善意から紹介してくれたのだ、使いやすさやどれがいいかなども丁寧に丁寧に説明してくれるのだが、いまいちピンとこない、化粧をしっかりとしてモデルのように綺麗な店員さんの説明を聞いていると、画面が見えるからいいですよと言う、確かにナビや電話相手の名前が表示されるのは良いことのなのだろうが、いかんせん、私はそれが大嫌いだった。ハンドルを握っている時までどうして仕事の電話に出なければならんのだ、少なくともその電話にでないからと言って、誰かが死んだり、会社が大損害を被ったり、とすることはない。して頂いた説明を無碍にして、希望の商品を探してもらい、レジへと向かう最中に、ふと、タイヤ売り場が目に入った。


 [スタッドレスタイヤ、大売り出し中!]


 そこで何故か私は囚われた。黒いゴムでできた輪っかが沢山並んでいる売り場へと火に引き寄せられる昆虫のように、フラフラと向かう。最近、買い換えたばかりのサマータイヤの型式を思い出してそのサイズの前で立ち止まった。ホイール付きで12万円ほどとポップのかけられた国内のトップメーカー産のタイヤだった。

 そのままレジへと取って返して先ほどの女性店員さんに声を掛けるとタイヤ売り場まで付き添ってもらってタイヤの前で私は口を開いた。


「これ、もう少し、安くなります?」


「え!?」


 女性店員さん、名札に川辺陽子と表記してあるので、この際、川辺さんとお呼びするが、驚いたような声をあげた。


「お客様、スキーなどをなさるんですか?」


「いえ、全くしません」


「雪山ですとか、寒冷地などによくいかれるんでしょうか?」


「いえ、車は市内の通勤と買い物程度しか使っていません」


「はあ・・・。この辺は雪が降りませんし、必要とは・・・」


 私の返答にありありと困った表情を浮かべてそう言う川辺さんの意見は最もな話である。ああ、そういえば四菱自動車で車を購入する際にもこんなやり取りをした気がする。販売員は軽自動車か普通自動車を勧めてきたが、私は何をとち狂ったか四角いSUVの展示車を数分眺めた程度で購入を決めた。その時の呆れ顔の販売員の表情と川辺さんの表情はよく似ていた。


「いいから、いいから」


「返品できませんけど・・・いいですか?」


「構いません、今から交換もお願いできますか?」


「はぁ・・・、ピットに確認をとってみます・・・」


 呆れ声に等しい声色で川辺さんは無線機で二言三言ほど話すと残念そうな顔をしながら、ピットが空いている旨を伝えてきた。結局、タイヤは1万円ほど割り引いて貰い交換諸費用等も格安となった。店に着くまでに履いていたタイヤを最後尾に積んで自宅へと帰宅すると、私は川辺さんから教えてもらった保管方法どおりに、木陰にある物置小屋の片隅に重たいそれをしまったのだった。


 さて、スタッドレスに交換してからも、雪道の雪の字も、凍結すら満足にあり得ない、仕事場とたまの買い物にしか使わぬ車を走らせる。当然、冒頭の様に衝動買いを後悔し、そして忘却した私だったが、ふと、スマホの音楽プレイヤーがクリスマスソングの特集を頼んでもいないのに流し始めた。過去には彼女もいたがここのところはずっと独り身で過ごしている。もちろん、昨年まではクリスマスイブとクリスマスは仕事が入っていたので苦も無く過ごしていたが、今年は土曜日、日曜日という休みの日にぶち当たってしまった。結婚して過ごしている仲の良い友人からは「クリボッチ」なる単語を投げかけれ、1人で暮らす一軒家にアメリカ並みにクリスマスの飾り付けをしてみたが、余計に侘しさが募るばかりで自宅にいることが億劫になってしまった。まぁ、近所のお子様とそのご両親方、学校関係者には大喜びをされて、なんか映えるとのことで、寂しい1人男の住まいの前でカップルや若者が写真を撮って帰るという、独身男子の心に塩を塗り込むような出来事を目の当たりにしてしまえば、タイヤを衝動買いした私であるから、あっという間にスーツケースに着替えを積み込み、車を走らせて苦渋の地と化した自宅を飛び出したのだった。


「雪といえば、長野県か・・・」


 ある意味馬鹿の一つ覚えである。

 記憶の中から雪と言えば長野オリンピックが思い出されたので、私は暖かな気候の愛知県の外れから、長野県へと車のハンドルをきった。一応、雪道の走行に関しては全日本自動○連盟に勤める、ああ、所謂、J○Fであるが、親友に、軽く教えてくれと伝えたところ、雪道舐めてんのか!?高圧的に説教をされ、その後、休日のいく日かを潰しては、強制的な講習を受けた。雪道も実際に走ったが、それは親友の車で体験しただけで、帰りに温泉と晩飯と車のご飯をも奢らされた。

 豊根村に入るあたりから道は真っ白で雪道となっていく、除雪はされているようだが、空からは白いふわふわとした雪が舞ってはフロントガラスへと落ちてくるのをワイパーで時より払いながら、教則通りされど的確に、状況を捉えながらハンドルを操作をしてゆく。普段、SUVのSの字さえも出てこぬほどの道しか走らぬこの車も、駆動音や動きが滑らかで眠りから覚めた動物のように機敏に動いているように思えるのは、気のせいではないだろう。

 クリスマスイブである今日はカップルが多いのかと思っていたが、途中休憩に寄った道の駅では、そこまで人はおらず、ましてや、大雪に注意と書かれた看板がデカデカと貼られていたこともあってか、人通りは疎だった。

 後日、例の親友には、気象状況見てから行けや!と説教を喰らったのは言うまでもない。

 缶コーヒーを買い車の後部スライドドアを開けて、外を向いて座席に座った。空覆う灰色の雲からは想像できないほどのホワイトスノーがしんしんと降ってくるのを見つめながら、男1人寂しくコーヒーを啜り、そして綺麗な白さの深いため息を吐き、自分で行った行為にも関わらず、自宅を悲惨にしたクリスマスを呪いながら、しばらくぼんやりとして運転の疲れを取り終えると、後部座席から降りてスライドドアを緩やかに閉め、運転席へと舞い戻って気を取り直してハンドルを握った。

 正午過ぎだと言うのに、薄暗い道を進みながら県境を越えてしばらく走っていると、目的地をようやく定めて入力し動いていたナビが唐突に右へ曲がれと案内をしてきた。2車線の除雪された主要道から外れ新雪の溜まっている小道に何故入らねばならんのかと思いながらも、ハンドルをきり新雪の上を進んでいく、やがて、暫くすると旧道と思われる道にでた。除雪はあまりまともにされていない道であるので、道路一面が真っ白でところどころが凍っている道をゆっくり走っていると、視界に雪の積もった軽自動車が1台、側溝に肩輪を取られたのか動けなくなっているのが目に入ったのだった。


「まったく・・・」


 ハザードを点けて側溝に落ちない程度に車を寄せて止めると、愚痴りながら車を降りた私はその動けなくなっている車の元へと滑らぬように気をつけながら駆け寄った。


「大丈夫ですか・・・・あ!?」


「え!?」


 再び驚いたような声を聞いた。

 軽自動車に乗っていたのは川辺さんであった。後部座席には小学生にも満たない小さなお子さんが2名乗っていて、2人とも疲れたようにぐったりとしている。顔見知りであったのも幸いしたのか、彼女は車の窓を開けてくれた。


「大丈夫?」


「その、助けてください・・・」


 そう言って川辺さんがボロボロと泣き始めてしまった。合わせて後ろに乗っている子供達、多分、双子なのだろう、その子達も泣き始めた。


「泣かないで、まぁ、引っ張る器具もないし、とにかくあっちの車に乗ってよ。ここじゃ携帯の電波も届かないでしょ?」


「は・・・はい。結衣、麻衣、おじさんの車に乗せて貰おうね」


 車から持ち出す荷物を私が持ち、止めどなく泣く幼子2人を一旦車から降りた川辺さんは後部ドアを開けて優しく抱き抱えると、ゆっくりと足取りで私の車の後ろへと乗り込んだ。


「ちょっと待っててね」


 私はそう言ってから動けなくなった車からチャイルドシートを2席外して持ち出すと、私の車へと持ち込んで固定した。こちとら初心者マークの雪道運転手である。万が一はあってはならないし、職業柄においても子供のせているのにチャイルドシートなしと言うのはあってはならないことだ。


「ありがとうございます・・・」


「いいよ、それよりお菓子と飲み物どうぞ」


 最後尾に積んでいた1人で寂しく食べるはずだったスナック類とジュース類を川辺さんに渡して扉を閉め運転席へと座ると暖房を最大にして室内をしっかりと温めることにした。川辺さんも小さな子供たちも指先の色が悪く、顔色も唇の色も悪く見えた。暫く泣いていた子供達も暖かさとお菓子とジュースを母親から渡されると落ち着いてくる。可愛らしく愛くるしい笑顔が溢れ始めた。


「川辺さん、この辺の人なの?」


「・・・はい。祖母が亡くなってお通夜とお葬式に行ったんですけど・・・。帰り道に忘れ物をして取りに戻ろうとこの旧道で行こうとしたら動けなくなってしまって・・・。電波も届かないし、誰も通らないですし・・・子供達は変なもの、怖いものが居るって大泣きばかりで・・・、私自身もどうしていいのか分からなくなって・・・」


「なるほど・・・。それは怖かったね。じゃぁ、まずは実家に戻ろう」


「迷惑をかけてすみません・・・」


「いいよ、知らない仲じゃないんだもん」


 近くの路側帯で車を切り返して元来た道を戻ろうとすると、カーナビは仕切りに先程のルートをまっすぐ進めと言い続けている。それは、気持ちの悪いほどにしつこく言ってきた。声と共に車内の温度が急激に下がり始める。案内の声色も心なしか変化を始めると川辺さんと子供達が身震いをし始めた。


「ああ、これはいけない」


 私は柏手を打ち鳴らしてルームミラーにぶら下がっている鈴を3回ほど鳴らす、澄んだ音色と共に車内が一瞬で暖かな空気で満たされる。不思議な感覚に3人が驚いているのを気にせず、黙ったカーナビを切り、ハンドルを握ってアクセルを踏んで本道へと戻る道を進んでいく。やがて本道へと出ると、川辺さんに道案内をして貰いながら、近くの集落にある実家の敷地へと入った。

 実家は川辺さんに連絡がつかなくなったことで大騒ぎとなっていたが、突然入ってきたSUVから3人が降りてくると湧き上がったような歓声に包まれた。その恩恵もあってか、私は1晩、川辺さんの実家に泊めていただけることになった。

 状況が落ち着き、近隣の親族が一旦帰宅して、両親もほっと一息ついているのを、客間として通された部屋のこたつに入りぬくぬくと過ごしていると、雪見障子越しに人影が立った。だが、3人を連れてきた時にお礼を言ってくれた両親や親族の誰1人として当て嵌まらない。その影をじっと見つめていると、影が何かを床に撒く仕草をした。撒かれたらしいところから室内に向かって日本酒の匂いが漂ってくる。


「ああ、そう言うことか」


 私は合点が入った。多分、この影がしたいことも大体が理解できてきた。こたつを抜け出して襖を開けると同時に目の前に泣き腫らした目の川辺さんが立っていた。


「びっくりした、どうしたの?」


「それは私だって同じです、いきなり開けるんだもん・・・。その、お茶を持ってきたんです」


 湯気のたち登るお茶と茶菓子がお盆の上に載っている。とても美味しそうなお茶菓子だった。

 

「ああ、それは後でいただくとして、この辺に酒屋さんてある?」


「数件先にありますけど・・・。お酒なら父が夜にとびきりの物を用意するって張り切ってましたけど・・・」


「ああ、いいのいいの、飲むわけじゃないから、お子さんたちは寝てるのかな?もしそうなら酒屋さんまで案内してくれる?」


「今からですか?」


「うん、すぐにでも案内してほしい」


 怪訝そうな顔をした川辺さんだったが、私の少し焦ったような言い方に気を遣ってくれたのか、2人して靴を履くと外へとでた、日は沈み始めるところで夕焼けが山々を染め上げているのが目に入る。なにごともなければ綺麗な夕焼けだと魅入るところだけれど、今はそうも言っていられない。


「早めにしたいこともあるから、急ごう」


「ちょっと、どうしたんです」


 彼女を急かして酒屋まで足早に向かった。酒屋では年老いた店主に御神酒かもしくは近くの酒蔵で作られたものを探してもらうように頼むと、小瓶の御神酒を一本と、隣村で造られた日本酒の一升瓶勧められて一升瓶を2本購入した。

 良い物であったようで、なかなかの金額であったが、惜しむわけにはいかなかった。何かを聞きたそうにしているが、それでも言われるまでも待ってくれている川辺さんに感謝して、夕焼けが徐々に消えてゆくのを気にしながら、大急ぎで彼女実家へと戻る。


「祓えたまえ、清めたまえ」


 そう短く唱えてお酒の良い匂いが広がっていくのを嗅ぎながら、一升瓶全てを道路に面した境界線上に垂らしてゆく。1本すべてを撒き終えると、2本目を車のタイヤへと振りかけた。

 ここまでくると何もわかっていなかった川辺さんも何かを感じ取ってゾッとしたようになった。


「これって・・・」


「ドラマとかでよくあるでしょ、お清めと結界ってやつ。あとは子供達と川辺さんがその時履いていた靴を用意して貰えます?冗談でなく、これは真面目にヤバいからね」


 私は怒気を込めてそう言うと震え上がった川辺さんがすぐに靴を持ってきたので、それを敷地の外に出して最後に玄関口に残った日本酒全てを撒き散らし扉と鍵を閉めた。


 時刻は17時となり山々に時報をつげる音楽と室内にはゼンマイ時計の鐘を打ち鳴らす音が静かに響き、そして、最後の日の光が玄関のガラス越しに消えていった。


 翌朝、川辺さんが見たものは、夜の内に降り積もった道路の新雪の上を何かが歩き回ったような足跡と、3人分の靴が切り裂かれ四方八方へバラバラに飛び散っている不気味な光景だった。


「ああ、よかった。山へ帰ったようだから、もう大丈夫だよ」


 そう言ってホッとしたよう私が言うと、なんとも言えないような顔をして川辺さんが頭を下げたのだった。


 さて、あれからクリスマスが来るたびにこの事を思い出す。

 結局、車のタイヤも1年足らずでボロボロとなりスタットレスは買い替える羽目になった。もちろん、その担当をしてくれたのは川辺さんだ。いや、その頃には私の奥さんとなってくれていた。あんなことがあった後で、相談に乗っているうちにシングルマザーだった彼女と恋仲となり、数ヶ月で結婚した。2人の幼子は私に懐いてくれていて嬉しい限りである。

 あの件はなんであったか、川辺さん、いや、陽子に話を一度だけきちんとしたことがある。

 

 陽子は山の何かに祖母のお通夜か葬儀の際に魅入られていたのだ。

 

 軽自動車が脱輪した旧道は昔に廃道となり除雪など行われていないこと。

 入るべき脇道も入れないように車止めがされていたこと。

 軽自動車は今だに見つかっていないこと。


 そして今はよく分かるが、あの時、雪見障子に立った影は、陽子の祖母だったこと。


 それを伝えると、陽子からも返事が返ってきた。


「あの時、どうしよもなくなった時に、妙に明るいヘッドライトの光が後ろから差し込んだの、空から降り注ぐ光の柱みたいに強い光が、そしたら、考えがまとまってきて・・・ぼんやりとした頭がはっきりし始めたの」


 たまたまだよと返事をしておいたが、その少し前に車のお祓いを受けたばかりであった。多分、その時の神力が車に残っていたのだろう。1人で乗っていたSUVは、今や家族で色々なところへ行くようになった。もちろん、陽子の実家にも。

 もちろん、少し大回りをしてあの道を通らないようにしてではあるけれど。


 さて、衝動買いは9割が購入後、暫くしてから後悔すると言った。


 では、残りの1割はどうか。


 それは開けてみなければ分からない。


 クリスマスに開くプレゼントのように。

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衝動買い 鈴ノ木 鈴ノ子 @suzunokisuzunoki

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