参節

 腐り切った社会に堕天するまでの私は、居住区域にほど近い二流私立大学にて4年の間さして興味もない法学を専攻し、特に資格を取得する事もせず無為に過ごしていた。ちなみに単位を落としたことは一度たりとも無い。これは私の誇りだ。やれコンパだの恋愛だのと、薔薇色のキャンパスライフなる幻にうつつを抜かす周囲の愚物どもと比べれば、私の送った学生生活がどれほど清く正しく、そして理性的であった事か。講義が終われば即自宅に直帰し、中学時代に定められた門限をきっちりと守り続ける私は質実剛健以外の何物でもない。しかしそんな私も、キャンパスライフなるものに一度だけ片足を突っ込んだ事がある。それは私の学内における唯一の友人である男の誘いで、学祭の運営団体の会計業務を担当した事だった。この男に関しては後述するが、人当たりが良くそれなりの交友関係を持っていた。いかんせん気が弱いのが玉に瑕であったが、そこは私が色々と指導をしてやった。ともかく、この男に誘われて所謂学生団体なる組織に一瞬だけ属した私であったが、その空気感は予想通りまこと肌に合わないものであった。無論、これ見よがしに派手な格好をした破廉恥極まりない雌の肉食獣どもと口をきいてやることも一切なかった。誤解しないで頂きたいのだが、私は女嫌いであるが決して男好きでもない。至って通常の性的嗜好を有しているつもりだ。ちなみに、同性愛を否定するつもりなどさらさら無ければ、ジェンダーレスを声高に主張するつもりも無い。些か話が逸れてしまったが、兎も角その際も友人一人を除いては如何なる人間とも言葉を交わしてなどいない。これは先述の通り、私が理知的かつ紳士であり、淫らな異性交友を良しとしない事を如実に物語っている。更に言えば、友を大事にする義理堅さをも待ち合わせている点は評価に値するはずである。会計部署の他の愚か者どもが取って付けたような言い訳を口にしてそそくさと業務から逃げ出していく中、ぽつねんと取り残された私と友人は、押し付けられた大量の残務に忙殺される事となった。きっと彼奴らは我々の無賃労働という大いなる犠牲と引き換えに、薔薇色のキャンパスライフなる空想の産物を謳歌しに夜の街へと消えていくのだろう。無論微塵も悔しくなどない。これは負け惜しみなどでは決してない。断じて有り得ない。


 電卓をたたく音が響く以外に生命の息吹を一切感じない無機質な講義室の中で、何のメリットも無い金勘定をしながら友人は私に諭すように語り掛ける。


「少しは他の人とも喋ったら?折角の学祭実行委員なんだしさ…」

「くだらんな。俺が何故あのような凡愚共に言葉を掛けねばならんのだ」

「そうは言ってもさ、一度きりの大学生活なんだから。もっと謳歌しても良いんじゃない?」

「黙れ薄らハゲ。そもそも俺とつるんでいる時点で、貴様の学生生活も灰色だろうに」

「でも、今ぐらいだよ?恋とか遊んだりとか、社会人になったらそんな暇もなくなるって言うし」

「はっ!恋する気持ちなどタコキムチだ」


説得虚しく鼻で笑う私を見て奴は無駄だと悟ったのだろう。シュンと静まり、それ以上何も言わなかった。後退して地肌の目立ち始めた友人の頭頂部に蛍光灯の明かりが反射して少々眩しかった。恋愛など、馬に蹴られてとっととくたばれ。そして私はあのキムチとかいう発酵食品が嫌いだ。

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