第13話 確かに、定年後も勤められないことは、ない。
大宮氏は、このように指摘した。
ことの性質上、そうはいかない。それはこの際、はっきりと明言しておく。
これは大槻和男園長の決断なしには出来ない事業だ。
ただし、先方が別の意図をもって仕掛けてくれば、話しはいささか変わろう。
そもそも、人間というのは変化を嫌うという性質がある。
もちろん例外はある。
例えるまでもなかろうが、大槻君やあの米河清治君のようにね。
もっとも人間というものは、君たちのように容赦なく変革をいとわずやっていける人間ばかりじゃない。
まして、年配となった女性ともなってごらんよ、なおのことだ。
ここに及んで、大槻氏は、その事業というのがいかなるものか、ようやく理解できた模様である。国や県の力を借りてまでやるほどの事業ではないということで少しばかりホッとした半面、やっぱりあの件だなという、そういう思いが逆に湧き上がってくるのを嫌というほど感じざるを得ない。
目の前の湯呑のお茶を飲み干した大槻氏は、年長の大宮氏に対してその意図するところを読み解いて見せた。
「何ですか、それ。要は、山上敬子保母の処遇に関する件ですね」
「その通り。ぼくが思うに、山上先生は、極力長くこのよつ葉園に関わり続けていきたいと思っておいでではないか? 定年後も嘱託として週何日かでも・・・」
それが嫌というほどわかるだけに、大槻園長は山上保母の処遇に頭を痛めているのである。彼は自らの思うところを、恩人の一人でもある大宮氏に、正確さを期して報告した。
それは、常々感じております。
本園を運営する社会福祉法人よつ葉の里は、園長等理事職にある者を除き、定年を満55歳に達した年度の年度末と定めております。
大宮さんのおられる民間企業のように誕生日をもってと参らないのは、御存知の通り年度絡みの動きがあります故、仕方ありません。
それはともあれ、山上敬子さんは今年度の9月の誕生日付をもって満54歳ですから、来る昭和59年度の9月をもって、満55歳を迎えられます。
谷橋君という若い児童指導員が移転時にはおりまして、彼は残念ながら感染する可能性のある病気にかかってやむなく退職されましたけど、山上先生には、本園の職務に影響のある病気や家庭の事情等も特にございません。
ですから、格別な事故さえなければ、間違いなく来年9月にはお元気なまま誕生日を迎えられるでしょう。
それ自体は、慶賀に耐えぬことですけどね。
いずれにせよ、山上さんは昭和60年3月末日にて本法人就業規則による定年に達します。その後は、嘱託の形をとって本園に奉職いただくことも可能ではあります。
とは申しましても、ね・・・。
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