第4話 君とまた会えたなら。




「ねぇ、彼はどこにいるの?」


 ほんの小さな頃から、僕はそんな問いかけを両親にしていたらしい。

 誰を探しているの? と聞いても、あなたは彼は彼だよとしか言わないんだもの。

 なんて両親も呆れていたっけ。


 重いランドセルを背負った帰り道。


 猫さんのみたいに歩いてみたり。

 犬さんみたいに横道をのぞいてみたり。


 探し物が見つからないようで、なんだかそわそわする。


 彼に会ったら何を話そう。

 公園で見つけた素敵なお花の事かな。

 それとも学校の裏手にある小さな祠の話をしようかな。

 一つ一つを拾い上げて、彼に話したいことリストがどんどん増えていく。


 暑い日の太陽がキラキラとしていたよ。

 家族旅行で行った海はとても広くて少し泣いちゃったんだ。


 寒い日は口から煙が出るんだよ。

 赤くて冷たい冷たいしてしまった手はね、おんなじ手で包まれると暖かくなるんだよ。


 ねぇ、彼に会えたなら。

 どんなことをしようかな。


 春の暖かい日は手を繋いでお花見しようかな。

 きっとお昼寝なんかもしちゃうんだよ。


 秋の涼しい夜は本を読んでもらおうかな。

 百万回も生きちゃった猫さんの話が大好きなんだよ。


 ねぇ、彼に会えたなら。

 お話したいこともやりたいこともいっぱいで。

 さんびゃくろくじゅうごにち、なんてカレンダーじゃ足りない気がするんだよ。


 楽しみだな。楽しみだな。

 会えないのは胸がぎゅぎゅってなるけれど、会えたら何をしようって考えたら胸がぽかぽかするんだよ。




 なんて、道のレンガの同じ色だけ選んで歩いていたら、前から歩いていた高校生くらいのお兄ちゃんとぶつかりそうになっちゃった。


「わわっ。お兄ちゃん、ごめんなさい」

「…………っ!!」


 ……びっくりした。

 お兄ちゃんはとてもとても綺麗な人で、とってもカッコいい背の高い人だった。

 お父さんを1000倍かっこ良くして、テレビで出てくる俳優さんを100倍かっこ良くした感じ!

 でも、なんだか……。


「ごめんなさい、お兄ちゃん。ぶつかりそうになって。痛い痛いしちゃった?」

 とても綺麗な涙がキラキラと、お兄ちゃんの頬を流れていった。

 お兄ちゃんは崩れるように片方の膝をついたんだ。

 

 お兄ちゃんは、何度か言葉にしようと唇を震わせていたけれど、やっと、やっと言葉にすることができたみたい。


「ずっと……あ……あぃ、会いた……かった……ずっと……」


 その言葉を聞いた瞬間、僕はすとんと理解したんだ。


 あぁ、僕が探していたのは、この人だ。


「僕も、会いたかった」


 彼にむぎゅっと抱きついた。

 そうするのが自然に思えたんだ。

 彼は静かに泣きながら、貴方に会いたかった。ずっと、この日を夢見て……と小さく小さく呟いていた。


 なんだか彼の涙を見て、僕も胸がぎゅってなってしまったんだ。

 彼が震える唇を、僕の額に当てた。

 そうして、こつんと優しく同じ額をぶつけてきたんだ。


「必ず、会えると……信じていました」

「僕もね。あなたを見つけられるって信じていたよ」

 ふふふって、頬が緩んで嬉しくなっちゃう。

 僕がずっと探していたのは、とてもとても素敵なお兄ちゃんだった。


 お兄ちゃんは少し離れると、片膝をついたまま、僕の手をもって、甲の部分にキスをしたんだ。

 すごい。なんだか物語の騎士様みたい。

「ずっとずっと、お側にいます。今度こそ、必ず」



「うん、お兄ちゃん。はじめまして、をはじめよう。お兄ちゃんのお名前を教えて? 僕の名前はね──」



 君とまた会えたなら。


 今度はいっぱい、お話しようね。



 

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

必ず君を見つけるから。 弥生 @chikira

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ