サンタさんは絶滅しました

瘴気領域@漫画化してます

最後のサンタクロースが死に、世界は滅びた

 最後のサンタクロースが死んだ。

 これは意外でもなんでもない。当然の結果として受け止められ、にもかかわらず人々は嘆き悲しむふりをした。


 死因は過労だ。

 十数年前、トナカイをそりに用いるのはアニマルライツ動物の権利的にふさわしくなく、児童の健全な育成にも重大な支障を来すという指摘が一部団体からあったせいだ。

 サンタがトナカイの死体を食べているという風評も過激派ヴィーガン団体から吹聴されたが、さすがにこれを真に受けるものは少なかった。


 トナカイのそりを失ったサンタたちの労働環境は悲惨なものだった。

 老体に膨大な荷物を背負い、世界中の子どもたちにプレゼントを届けるべく自らの足で走り回っていたのだ。遅配に遅配が重なり、クリスマスプレゼントはクリスマスに届かないことが当たり前になった。「3年前のクリスマスプレゼントが夏休み中に届いたよ! うぇーいwww でも、なんで当時の俺は電気ネズミのぬいぐるみなんて欲しがってたんだ?」などという投稿がSNSの定番となった。


 これは余談であるが、長年サンタクロースの移動を追跡していたNORADアメリカ空軍のレポートによると、トナカイのそりに乗っていたころのサンタクロースの移動速度はマッハ21にも及んだという。これは最新鋭の電磁投射砲レールガンの初速の7倍に当たる。NORADがサンタクロースを追跡していたのは、軍事研究が主な目的であったという噂もあながち馬鹿にできないだろう。


 閑話休題。


 そんなこんなで絶滅したサンタだが、いざそうなると巻き起こるのが責任の押し付け合いだ。人々はまず、アニマルライツ団体を非難した。サンタからトナカイのそりを奪ったことが原因だと言ったのだ。たしかにそれは正論だ。だが、そりを曳かず、のんびりと牧草をはみ、でっぷり太った間抜けでかわいらしいトナカイたちのSNS投稿画像に、みながこぞって「いいね!」していた事実はくつがえらない。彼らの主張は、どうも説得力に欠けた。


 次に矛先が向かったのは、ヴィーガン団体だ。トナカイの死肉を食べていたなどというデマでサンタクロースたちを追い詰めたという路線だった。だが、これもすぐに勢いを失った。インターネットアーカイブから、「トナカイシチュー、超うめぇwww」とイキっているとあるサンタのブログが発掘されてしまったためだ。


 こうなれば、もう殴れる相手を探して血眼だ。万人は万人に対して闘争したいのだ。

 共産主義者は「資本主義がサンタを殺したのだ!」と主張した。資本主義者は「アカに染まったサンタが内ゲバを起こしたのだ!」と主張した。ネオリベ新自由主義者は「自己責任」とうそぶき、無政府主義者アナーキストは「体制に囚われた時点でサンタの魂は死んでいた」と言った。ハリウッドセレブとシリコンバレーの経営者たちは「ZENの精神が足りなかったんだよ」とフローリングの上に敷いた畳の上でヨガをした。一方、極東日本のベンチャー経営者たちはSNS映えする写真を撮るためにろくろを回していた。ツイフェミとアンフェミは通常運転で殴り合っていた。


 そんなわけだから、イスラム原理主義者たちがブチ切れるのも仕方がない。もともとクリスマスとか関係なかったし、緯度の関係でトナカイを見たこともない。だが、過激派テロ組織だろうがバズった話題に乗っかれないのは疎外感があるのだ。キレた彼らは、サンタを滅ぼした西欧文明に対してついに宣戦を布告した。原理主義なんてやめてイベントとして受け入れればいいのに、という穏健派ムスリムの意見は黙殺された。


 血みどろの戦争が何十年か続き、ついに大人は絶滅した。あらゆる政治主張イズムが消滅したのだ。あとに残されたのは、アニマルライツを叫ぶものでもなく、野菜だけを食べられる贅沢を楽しむヴィーガンでもなく、オフィスでカクテルを飲んでヨガっておけば仕事をした気分になれるITベンチャーの自称テックリードでもなかった。


 残ったのは、無垢な子どもだけだったのである。


 荒廃した大地に、雪が降る。今日が何月何日か? 文明を失い、大人をも失った子どもたちにこよみを知るすべはない。暑ければ裸になり、寒ければボロ布や毛皮をまとう。そんな暮らしの中で、雪は絶望的な存在だった。それは冷たく、身体を濡らし、危険な猛獣が立てる音を消し、粗末な住居を押しつぶす。それは天から静かに舞い降りる死神にほかならなかった。


「兄ちゃん、兄ちゃん、寒いよう……」

「だいじょうぶ、だいじょうぶ。兄ちゃんがすぐにあったかい洞穴を見つけるから……」


 雪原を二人の幼い兄妹が歩いている。廃材を集め、やっとの思いで建てたバラックが雪の重みで潰されてしまったのだ。

 背に負われた妹は息も絶え絶え。妹を背負う兄も頬がこけ、目玉が異様に飛び出している。手足は枯れ枝のように細く、腹は丸く膨らみ、典型的な栄養失調の症状を示していた。


「兄ちゃん、兄ちゃん、眠いよう……」

「ダメだ、寝るな。寝たらダメだ。そうだ、兄ちゃんがお話を聞かせてあげよう。なんでも願いを叶えてくれる、すっごいおじいさんのお話だ」


 兄は、幼いころに両親から読み聞かせられた絵本を必死に思い出した。

 雪の中から、トナカイのそりに乗って、白いひげの、真っ赤な服の、でっぷり太ったおじいさんが、世界中の子どもたちにプレゼントをくれるんだ。プレゼントはなんでも自由だ。靴下に願いごとを書いたメモを入れておけば、なんでも叶えてくれるんだ。


「でも、兄ちゃん。靴下ないよ……」

「雪がしのげるところに着いたら、兄ちゃんが作ってやる。すごいぞ、なんでも叶えてくれるんだ。あったかいご飯だって、あったかい服だって、もしかしたらあったかい家だってくれるかもしれないぞ」

「えへへ、それ……すごい……いいな……」

「おい、寝るな! 寝るなって言ってるだろ!!」


 兄は、細い身体に力を込めて、必死に背中の妹をゆさぶる。

 身体に積もった雪がばさばさと散るが、妹は目をつむって身じろぎもしない。


「なんだよ! なんだよ! 何なんだよ! 起きろよ! サンタさんが待ってるぞ! 見たこともないご馳走や、あったかい暖炉が待ってるんだ! トナカイのそりにだってきっと乗れる! それで世界中の空を飛んで回るんだ!」


 兄の絶叫が、どこまでも続く雪原に響いた。そのときだった。


 ――シャンシャンシャン、シャンシャンシャン


   遠くから、鈴の音が聞こえてくる。


     ――シャンシャンシャン、シャンシャンシャン


       鈴の音が、近づいてくる。


         ――シャンシャンシャン、シャン


           鈴の音が、頭上で止まった。


『ヒィィィハァァァ! メリークリスマース! 良い子のみんな、ひさしぶりだぜ! みんなの期待に応えて、サンタのおじさんが帰ってきたんだYO!!』


 頭上にいたのは、ミラーボールで光り輝くトナカイのそりに乗る、サングラスをした老人であった! マイクを逆手に構え、ドンツクドンツクドン、ツクツクドンとヒューマンビートボックスを奏でながら地上に舞い降りてきた。


「なんだYO、すっかりしょぼくれちまってるじゃねえか。まずはあったかいメシと風呂だな。いま家を出すから待っててくんな!」


 老人は白いひげをぶわさっ! と振り乱しながら担いだ袋に手を突っ込むと、そこから大きな家を引きずり出した。兄妹をその中に突っ込むと、暖炉に火を入れキャンベル缶を開けてコーンポタージュを温めはじめる。


 さらにツインバードの足湯バケツに水を張りスイッチを入れると、兄妹の足をそれに浸し、続いて着る毛布をかぶせ、ダイソンのファンヒーターとダイキンのエアコンを最高温度に設定した。


 人心地を取り戻した兄妹は、差し出されたコーンスープをすすりながら、恐る恐る尋ねた。


「お、おじさんは誰……?」

「ん? 俺か? 俺はもちろんサンタクロース! サンタのおじさん、ないしはサンタのおじいさんDA★ZE! 絶滅してから異世界転生してチートで俺TUEEEをしてから現世に帰ってきたからな! もう自重せず自由に生きます! 『子どもを甘かやさないでください』って言われてももう遅い! ってテンションなんDA★ZE! おっと、そろそろ次に行かないとな。HEY、坊主たち、困ったときはいつでも俺を呼んでくんな! マッハ21のトナカイそりで駆けつけるぜ! じゃあなっ! チェキラっ!」


 なんかはっちゃけた感じのサンタクロースは、トナカイを駆って雪空へと消えていった。こうして異世界帰りのサンタクロースたちにより、滅びかけた地球は救われたのである。


(了)

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