第7話 提案と姉弟


 異世界からやってきた私達の為に城内に用意されたのは日当たりが良く、適度な大きさで一人で過ごすには十分すぎるほどの部屋だった。

王城に降臨した者達の大半はこの部屋でプライベート時間を確保しつつ、勉強に訓練にと忙しくしながら毎日を送っている。

勉強や訓練は広間などに集まってそれぞれのスピードに合わせた授業を受けることが出来るので、日本よりも充実感があるくらいだ。

 そんな勇者候補と呼ばれる私達が、将来立ち向かわなければならない現象が近付いてきていた。

大攻勢。異世界出身の誰もが知らない事態がもうすぐやってくるのだ。

まだまだ未熟だということと、大攻勢そのものを知る為に私達は防衛戦自体には参加しないのだけれど。

初めて目にする魔獣と人々の大規模な戦いが、一体どんなものなのか気になって仕方がない。

 落ち着きが欠けた勇者組とは異なり、城にいる人達の様子に特別な変化はなかった。

淡々としていて、普段より危険だと認識していながらも慌てることはない。

脅威度が全く別だろうけれど、日本でいう台風とか地震などの身近な災害という感覚なのだろうか。

来るというのは分かっているので対策して待っている、みたいな。

どんなに嫌だの何だのと騒いだところで、人の生活お構い無しでくる存在もの

そのことに気付いてからは私は適度に力を抜くことが出来たんだけれど、みんながみんなそうではなくて。


「こういうのは私じゃなくて、後輩ヒビキ君の得意分野なのよ……」

「……ま、姉さんには向かないですね」


 慣れない暮らしにやっと馴染んできたところで「大攻勢の時期だ」と言われて、元々この世界自体に苦手意識を持っていた子は日に日に精神をすり減らしているようだった。

辛うじてパニックにはなっていないけれど、それも時間の問題だと誰もが感じている。

王城の人達も困惑していて、どうすればいいのか分からなくなっているみたいだし。

 お手上げ状態になってから少しして、何故か私にフォロー役がまわってきたけれど完全に人選ミスだわ。

誰かを励ましたり慰めたり、どちらかというと苦手な部類なのよね。

正直、その辺の男子の方が優しくて思いやりのこもった言葉をかけられるとさえ思う。

任された以上は放っておくわけにもいかなくて、かなり気を遣って声をかけてはいるけれど反応が微妙で……。


「愚痴はそれくらいにして、姉さん。先に話したいことがあるって言われてたから、もうそろそろ向かわないと」

「……そうね、待たせるのも悪いし行こうか」


 呼び出された広間まで向かう。

数ヶ月過ごしている場所ということもあって、今では案内の人の手を借りることなく目的地までたどり着ける。

此処に来たばかりの頃は余裕もなかったし、初めてのお城でどう過ごしたらいいのか分からなくて窮屈な思いをしてばかりだったのに、こんなに馴染んでしまうなんて自分でも驚いている。


「これは強制ではないんだが……。二人とも以前から、神殿に行きたいと言ってたよな?実は一つ頼みがある」


 入ってみるといつも訓練を指導してくれている騎士団の人が数人と、見たことがない綺麗な女性が一人いるだけだった。

お互いの挨拶もそこそこに、先に呼び出された理由が明かされる。


「ーー……以上のことを受け、主人様より提案されたのです。一部の候補者を受け入れてみてはどうかと」

「なるほど。そこで普段から神殿の話題を出していた私とケイが行くついでに……という形で、あの子達を連れて行くんですね」

「ええ。説得が必要な際はーー」


 話し合いは想像以上に魅力あるもので、悩むことなく計画に参加することを決めた。

もちろんケイも一緒に、である。

 何かしら別の厄介事も発生したようだけれど、とりあえず対処自体は可能なようで「心配ない」と断言された。

それから短時間ではあるが計画を練り上げて、集まった人達に説明していく。

 

「うーん、神殿に行ける機会が今回だけってわけじゃなさそうだし。俺らはの戦闘見ておきたいからパスするよ」


 勉強は苦手だからと、誰よりも早く戦闘訓練を始めたグループの代表者はそう言ってーー最近の雰囲気から何か察していたのかもしれないーーやんわりと辞退した。

ちなみに彼の言う師匠というのは、魔力操作をはじめとした訓練の指導をしている騎士団の人達のこと。

訓練以外でも楽しそうに話しているのを何度も見たことがある。

彼らのいた所も此処と似た、戦闘が身近にあった世界らしいから話が合うんだろうなと思う。

 そう、王城に降臨した人達は、それぞれが異なっていたのだ。

同じ世界から大勢の人間を異世界へと連れてくるのは困難だったのでは、と予測しているがその答えはこれを仕掛けた本人しか分からないだろう。

 似て非なる世界がたくさんあるなんて、この世界に来るまで考えたこともなかった。


「女一人ってのも寂しいから、一緒に来てくれると嬉しいのだけれど……。ダメ、かしら?ミヤビ」


 まず私が最初に誘ったのは、他人の意見に流されやすいミヤビという名の少女だ。

前にも何度か話したことがあって私と同様に神殿に興味があるって知っていたし、他の子達よりも押しに弱い。

利用するようで悪いなあとは思いつつ、この子をきっかけにすれば他の子の説得もうまく出来ると確信を持って提案をする。


「えっ……と、私も神殿に行ってみたかったから、あの……」

「よかった、じゃあ私と気分転換のお散歩に行きましょ。他に行きたい人はいる?」


 事前の話し合いでは全員でなくともいい、とのことだったのでミヤビ以外は強引にいかないよう気を付けながら、希望者を募っていく。

神殿から護衛が出ていると聞いていたし、数日前に間引きという魔獣討伐を大規模にやったらしいので、「散歩に行こう」などと気安い言葉を自信を持って言えた。

状況を察知した何人かに説得を手伝ってもらいつつ、何とかバランス良く二つに分けることに成功する。

無事に役目を終えることが出来たので、思いっきり背伸びをする。


「お疲れ様、姉さん」

「うまくいったようで何よりよ……」


 居残り組の中でも何だかんだ面倒見のいいグループや個人に、行かない選択をした子達を託すことにして準備を進めていく。

 元々、パニックを起こしそうな子は数人しかいなくて、あとはミヤビのような意見に流されやすい子が多かったから、この処置で少しでも落ち着きを取り戻してくれるといいんだけれど。

 しかし、どんな経緯にしろ。存在を聞いてからずっと行きたかった場所に、ようやく行くことが出来るのだ。

そこには一体、何が待ち受けているのか。

今回の訪問で、直感が何かを訴えるように殿が解けるのだろうか。



 

 




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勇者と使徒の狂想曲 ゆいのみや @yuinomiya

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