第6話 地下に座すモノ


 一人分のコツコツとした足音がたまに止まっては動き出すのを繰り返し、不規則なリズムを刻んでいる。

 神殿外へ行かないことを条件に単独行動が許された俺は、早速神殿にあるという書庫を目指して冒険中だ。

俺自身に攻撃手段は一切身に付いていないので、一人で神殿の外へ行くこなんて無謀なことしないのだが。

そこら辺は、まだまだグラシア達との仲が発展途上だからこその過保護対応なんだろうか。

信頼関係を築けてもこのままだったらーーま、まあ今考えても仕方のないことか。


「なんか凄い煌びやかだ……」


 居住区と比較すると、今いる場所は客人も通す場所だけあって見た目も美しい。

壁や柱には大小様々なレリーフがあり、廊下はゆったりと広めに造られている。

完全な石造りなので空気はひんやり冷たく感じるが、それも場所によってまちまちだ。

差が出るのは、此処に使われている石が普通ではないから。

 人々に古くから親しまれているという

魔力に反応しているのか微かに光を放つこともあり、その際に暖かさを感じることが出来るという、何とも不思議な石である。

この石材は魔獣が嫌うとされる物の一つで、人々にとっての重要な施設に使われることが多い。


「何を模したレリーフなんだろう?」


 ほとんどは単なる装飾目的の花や木々だと思われるが、一部の柱に彫られたものは別の存在のような気がする。

いつもなら親切丁寧に解説してくれる人材は、自ら断ったのでこの場にはいない。

今頃、仕事に休息にと割り振って各自過ごしていることだろう。


「戻って覚えてたら聞いてみようかな……」


 あえて書庫の場所を聞かずに出てきたのだが、自分で思っていたよりも寄り道が多くてたどり着ける気がしなくなってきた。

これから機会なんていくらでもありそうではあるが、ついつい見惚れてしまうほどの惹かれるものがあるというか。

こんなことなら、最短ルートくらい聞いておくべきだったか。


「神の悪戯、か」


 数日前に上から見た神殿含むこの街全体に、昔から「神の悪戯が作用しているのではないか」と言われているという。

魔法でも、人々の頭脳を用いても解明出来ない謎。

実際に歩いてみると、確かにが働いているのがよく分かる。

それでも人々が恐れていないのは、その力が禍々しいものではないからか。


「焦るのは良くないって分かってはいるんだけれど、なあ」

『うむうむ。肝心な部分は押さえているようじゃの』


 愚痴を言いつつ溜め息を吐こうとした時に、声が降ってきた。


『久しいな、少年』


 その声を耳に入れたのと同時に、今まで綺麗さっぱりと忘れていた記憶が瞬時に甦る。

だと。

前回はいつの間にか庭園に出ていたんだ、と思い至って周囲を見回す。

するとそこは、明るい外ではなく薄暗く不気味な雰囲気の漂うだった。

レリーフが気になって足を止めていた、あの廊下はどこを探しても存在しなかった。


「此処どこ?」


 得体の知れない存在を前にしているから何も話さないぞ、と密かに思っていたのにあまりにも予想外すぎて声に出てしまった。

ーー前と同じ場所じゃないのかよ!


『少年にとって危険な場所じゃな』

「……え?」

 

 親切に答えてくれるのは助かる。

しかし何故、危険な場所にわざわざ連れてくるの?

やっぱりこの存在はーー。


『この記憶をとして。その時の少年が、近付いてはならぬ場所ということよ』

「あれ、また忘れるんですか?俺」

『忘れるということは、じゃ。必要に迫られれば自然と


 全く意味が分からないが、あまり質問攻めにして「気に入らないな」と呪われても嫌なので無理矢理納得しておこう。

きっとそういうものなのだ、そうに違いない。


「どこなんです?この部屋……みたいな所って」

『地下じゃの。上と同じ石材ものを使用しているのに、。封印の間と呼ばれていた……』


 会話がないのも何となく居心地の悪さを感じてしまうので、問題の無さそうでかつ俺の知りたいことを聞いていくことにした。


『しかし少年。本当に奇抜な運に好かれているのう』


 呆れた声音のーー相変わらず彼だか彼女だか分からないーー存在は、一瞬で場面を庭園に変えた。

まるで夢の中にいるように、唐突に風景が切り替わる。


『うむ、やはり我の庭園が一番じゃな』


 小さな光の粒が空中に漂うように無数に存在している。

きらきらと光るそれは以前来た時よりもその数を増やしたようで、しかし不快さは一切感じない。

神の悪戯は此処にも作用しているようで、どれだけ周囲を見ても石造りの建物がある気配はない。

綺麗に切り取られて、人工物から遠ざけられているかのようだ。

前に来た時は振り返った先に本来の廊下が見えていた気がするのだが、その日によって状態が変わるのだろう。


『認識変化……。ならば次はーー身体……か?』

「……あの?今度は一体、何を」

『我と話せる貴重な存在に、記念の品を渡そうかと思ってな』


 庭園を眺めていると、小声で何やらブツブツと独り言を言っている半透明に気付いた。

知りたくはないと思いつつ、聞いてみれば聞いておいてよかったような、聞かなければよかったような反応に困る返事をされた。


『まだには遠そうな少年を気遣ったものでな』

「いやいや、前回も何かしてましたよね?今回は別にい」

『おや、すまん。まさか断られるとは思ってなくてな、もう既に……』

 

 表情は不明だが、声の感じからすると何も反省していないな、これは。

というか勝手によく分からないものを簡単に与えないでほしい。

 まあ前回、「運を弄った」と言われたけれど特に不運が増したとか周りに被害が出たとかそういうのはなかったので、今回のも大したことないだろう。

とりあえずそう思うことにして、何をしたのか詳細を聞くのはやめておく。

どうせ聞いたって、此処から帰ったら忘れてしまうからな。


『少年。しばらくは外に出ないよう過ごすが良い』


 そう告げ終わると同時に光の粒が機敏に動き出し、景色を変化させていく。

返事をする前に弾き出された世界は、先程までヒビキが熱心にレリーフを見ていた場所。

時折ぼんやりと柔い光を放つ壁と柱、そして奥深くまで続いている広い廊下。


「ーー芸術鑑賞はこのくらいにして。いい加減、書庫にたどり着かないと!」


 自分がどんな存在と逢っていたのか、何を話していたのかそのすべてを忘れて、目的地を目指して歩き出した。

勇者候補達との邂逅に、想いを馳せながら。













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