第29話 ふたりきりのひみつきち
シロちゃんと二人きりでお風呂に向かう。
初日は三人で手を繋いで行ったお風呂。
その後はそれぞれにバケツを手に持っていたから、手を繋ぐことができなかったのに、私とシロちゃんだけになったから、それぞれ片手にバケツ、もう片方は一心同体。
なのにまだ慣れなくて、後ろを振り返りそうになる。
なっちゃん。
そう一言、声に出したくなる。
シロちゃんは、相変わらず小さいままで、お風呂が大好きなのも変わらない。だからバケツの中の物がカランコロンと、鳴るたび、あ、このリズムはシロちゃんだなぁと思う。同時に、「あ、“シロ子”がお風呂の準備して来た!」と言う人は、もういないんだなぁと思う。それは、強く思うというよりは、風が頬にあたってすぐ通り過ぎるように思うのだった。
「シロちゃん、お風呂好きやなぁ」
私は言った。
「なんで」
「いや、なんでって、なんでよ」
手を繋いで砂漠を歩いた。最近新しい子が二、三人来たようだった。地図を持ってお風呂まで歩いている。初めて百円玉おばあちゃんに会ったら、どんなふうに思うだろう。ずいぶん昔のことのように思う。
シロちゃんの真似をして、お風呂にもぐって目を開けてみた。一瞬で目に砂がいっぱい入ったように痛くなった。「シロちゃんこれ痛くないん。どうなってんの」両手で目を擦った。そして目を開けて、お風呂の中をぼやけたまま見ると、目をぱちくり、そして満面の笑みのシロちゃんがいたから、「だから、痛くないん、それ!」大きい声で言った。
そしてそのままシロちゃんは泳いでいく。海を横断するように、おばあちゃんたちの間をすり抜けて、その姿を見ていたら、シロちゃんは、ここにいるのが一番なんじゃないかって、本気で思った。
だけど「ここにいたいか」とか「ここにいたくないか」とかそんなことを聞くのも違うような気がした。シロちゃんはただ、ここにいる。そして泳いでいく。誰の目も気にせず、どんな狭い場所も、まんまるの両目で、見つめて。
次の日お風呂に行く前、私たちはひみつきちへ来た。なっちゃんがいないから、椅子が余ってる。そこに、私は、きらきらの粒をのせようとしたけど、ここには探せど、そんなものはなかった。ほんの少しでいいから、気持ち程度でいいから光っていてくれよと思うのだけど、叶わない。
シロちゃんは、落ち葉を集めて、さらに絨毯を分厚くしている。そして、なにやらご飯の準備をしているようだった。シロちゃんはいつか誰かと木漏れ日のようなあたたかさで、おもちを、食べたんだろうか。その光景を描いてみる。
でもここに来て、私がやることは書くことだから、そう思い直して落っこちそうな椅子に座って、膝の上のじゆうちょうに書いていく。
*
はる、ひさしぶり。
先生もずいぶん歳とったわ。
毎日子どもらについていくのが精一杯(笑)
はる、元気ですか。
無理しないでね。
*
手元には秋子先生からの手紙。
それが届くようになって少ししてから、私はシロちゃんにも手紙を書くようになった。でもそれは、いま渡すわけじゃなくて、じゃあいつ、って聞かれたら分からないんだけど、書いた。
とにかくなんでもないことを書いた。なんでもないことなんて、なにかを書く以上、ないんだけど、シロちゃんの最近の癖、シロちゃんが今日何回「なんで」と言ったか、シロちゃんの髪の毛は綿菓子のにおいがすること、シロちゃんと手を繋いでいると伸びっぱなしの爪が当たって痛いこと、でも繋いでいるなあと思うこと、空が青過ぎたこと、などなど。
これを読んでシロちゃんがどうなってほしいとかそんなんではなかった、とにかく私が勝手に書きたかったのだった。言い換えれば押し付けがましい、大量の手紙たちだった。
「今日さ、ひみつの物、持って来たで」
私はペンをいったん止めて、思い出して言った。
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