第27話 クララホーム
昼が終わって砂漠に夕焼けが近付いてけれどもまだ完全な夕方ではないころ、今日もペンを走らせる。
秋子先生からは未だにいくつか手紙が届く。
今の私へ、ではないと分かりつつも、読みながら、秋子先生の香りを思い出す。
徐々に記憶がにじんでくると体の中を血が巡る。
秋子先生と眠る夜は、何歳だったか、定かではないけど、必ず秋子先生のおへそのあたりまでもぐって、顔を近付けて、時間よ止まれと願っていた。
そんなふうに強くお願い事をすると、時計の針がうるさく感じた。コチ、コチ。残念ながら時間は過ぎているのですよと、言われているようだった。
「なんで、書いてるん」
シロちゃんが面接から帰ってきた。
「なんでも。書くと、落ち着くねん」
シロちゃんは近付いてきた。
そして私の椅子にもう座るスペースはほとんどないのに、ちょこんと座った。
「せまいやん、シロちゃん」
「なんで」
「なんでって、座るからやん」
「はるちゃん、字きれいやな」
珍しくシロちゃんに名前を呼ばれて、どきん、とした。うえのくにでは、名前を呼び合ったりしたっけ……。
「シロちゃん、今日も、面接行ってきたん?」
「うん」
「なんか話した?」
「聞かれてばっかりやった」
「シロちゃんと同じやな」
私はそう言ってじゆうちょうを一枚やぶって渡した。「これに、なんか書いていいで」
シロちゃんはボールペンを手に取った。やたらとペンが大きく見える。
するとシロちゃんはペンを大きく動かした。なにを書きたいか、そんな目的はないようだった。不思議と、あちこち動く線を見ていたら、それが「?」のマークに見えてくる。
「シロちゃんさ、なんか覚えてることある?」
そっと尋ねてみる。でもなんだかいけないことを聞いてしまった、そう思って私はペンを握り直した。
するとなっちゃんが掃除から帰ってきた。
「三人で探検行こう」
と誘われる。
「いま、書いてるからー」
私はあいまいな答えをしたけれど、シロちゃんに袖を引っ張られた。シロちゃんがすぐ引っ張るから私の袖はサイズがおかしくなっている。
「分かったよ」
私は立ち上がる。
ずっと書いていると頭が沸騰してくるから、ちょうどいいや、と思う。
この世界はあたりいちめん砂だらけだったけど、お風呂よりもう少し歩いて行った先に、丘のような場所があって、そこまで登ると私たち子どもにとっては--といっても私となっちゃんの体は成長してしまったけれど、一気に探検モードになるのだった。
木が生い茂る中をザクザクとかきわけて行く。
このへんは開拓されていないから、光も線のようにしか入ってこない。流れ落ちる汗たちは休憩しているようだ。
しばらく歩いてからなっちゃんは言った。
「ここ、ひみつきちにしよう」
「ひみつきちって、なに」
すかさずシロちゃんは聞いた。
「んー、ひみつのきち!」
「そのままやん」
私は突っ込んだ。でもそう言われると--ひみつきちってなんだろう?
「だからさ、ここが、三人だけが知ってる家みたいなもんってことちゃう?」
私は言った。
「それ、しよ! ひみつきち、しよ!」
珍しくノリノリのシロちゃん。
気合いだけは充分なのに、太陽は許してくれず、それぞれおでこや鼻の下の汗をぬぐいまだなにもないひみつきちに座り込んだ。
「ここが、おうち。ひみつのおうち」
シロちゃんが言う。
「シロ子、気に入ったん? そしたらこれ、絨毯にしよう」
そう言ってなっちゃんは、落ち葉を集めてきた。箒で避けられてばかりだった落ち葉たちは、とたんに身を寄せ合って、こちらに仲間入り。
一枚いちまいは頼りないのに寄せ集めた絨毯は、寝転んでみると背中にやわらかい気持ちがじんわり広がる。
(クララホーム)
青空を見ながら心の中でつぶやいた。シロちゃんには聞こえないように。そうだ。私の横の部屋だったシロちゃん。その部屋の名前はクララホームだった。私の部屋の名前はマダレナで、ほかの部屋にも名前がつけられていた。
マダレナはクララの隣だったから、そこを通って部屋に入った。クララの先生は怖かった。でも、月火水木金土日、日々はあって、あれ、木曜日はなんだか別人のようだなあ、怖いんだけど、今日はほんの少しそうでもないのかなあ、なんてこともあったから、秋子先生が特別怖くないだけなのかなあなんてふうに、子どもだった私たちは、思っていた。シロちゃんが泣いていた。ほかの子どもたちも泣いていた。そしてやっぱり時々天気が気まぐれになった。私はなにもできなかった。シロちゃんを叩かないで。叩くな。叩くな。誰も叩くな。
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