第26話 決意した二人
みんな右手にバケツを持ちながら横の列になってお風呂へ向かう。
シロちゃんの体はちいさいままだった。
たくさん問い詰められるのかと思ったら、ぜんぜん興味のなさそうなシロちゃんは、砂をキックしながら歩いている。
一気に背が伸びた私たちは、まえよりも背筋が伸びているようだった。
なんだかなっちゃんと、あらためていろんな話がしたかった。
でもなにから聞けばいいか、聞かないでおこうか、言葉は言葉になるまえに喉の奥で消えていった。
「百円玉〜、三枚っ!」
今日も百円玉おばあちゃんは元気だ。
「おばあちゃん、いつからここで働いてるん?」私は問いかける--なんてことも前は考えられなかったから、百円玉おばあちゃんの顔をまっすぐ見ていることが、うれしかった。
「いつから? ってか。それはなー、あんたたちみたいな子が、たくさんきて、それからいなくなって、またきて、いなくなってをたーくさん見てきたってことや」
「何周も、何周もですね」
「そうや」
私は百円玉おばあちゃんの手のひらに百円玉三枚をのせた。百円玉おばあちゃんの指はとても細く、長く、シワが刻まれているけれど、指の先五つどれもが、どこかを指しているようでもあった。
「では、問題です」
シロちゃんは近ごろクイズにハマっている。
三人で湯船に浸かり、顔だけ出して、ぼーっとしている。
「会いたい人は誰ですか」
シロちゃんは言った。どうやらシロちゃんも面接を受けてきたようだ。
「会いたい人はー」
そう言いながらなっちゃんはじっくり考えているのかのぼせているだけなのかとにかく顔はゆでだこになっている。
なかなか答えない私たちに飽きたのかシロちゃんはまたもぐっている。
「目の病気なるで、そんなずっと目、あけてたら」
私は言った。
「シロ子、聞こえてないわ」
なっちゃんは言った。
そしてシロちゃんはすいすい泳いでいってしまった。おばあちゃんたちにも同じことを聞いていた。「会いたい人は誰ですか」おばあちゃんたちの話し声がお風呂中にこだまする。「そらあんた、あの人やがなー!」笑い合ってお互いの体を「いやーねー!あんた」と言いながらバシバシ叩き合っている。そんなおばあちゃんたちのパワーに圧倒されていたら“えいえん”という言葉が浮かぶ。
「私さ、シロちゃんと、前の世界で、一緒やってん」
「シロ子と? そうなんや」
なっちゃんはゆでだこの顔のまま、真剣な面持ち。
「うん、それでな、シロちゃんは私の横の部屋やってん。同い年で。でもクラスは別やった。シロちゃんは、私が目を背けていた部屋にいた。そこの先生は怖くてな、私……」
「はるちゃん」
気付いたら水中でなっちゃんが手をつないでくれていた。
「無理して言わなくていいよ。だって、いま書いてるんやろ」
「うん」
それでも私はなっちゃんともっと話したい、そう思った。
「なっちゃんは、砂場のきらきら集めて、一緒にお願い事したとき、この世界にいたくない、って言ったんやろ。それで、ここへきた。私からは、なっちゃんが見えてる。なっちゃんからは、私が見えてる。それがとても不思議。ほんとうに不思議。なっちゃん、きちんと、私が見える? 私が作り出した世界じゃなくて、いま話してる私が見える?」
「うん、見える」
「良かった」
「ここは、きちんと“在る”。なつは、はるちゃんが転校してきたとき、あれ、はるちゃんに“会いたかった”って、思い出したように自然とそう思った。なつは、いま、ぜんぶ言えたらいいんやけど、思い出していったことがあって、生きるのを諦めていた頃があった。それで、じっさいに諦めようとしたんやけど、うまくいかなくて、気付いたら子どもやった。そこへはるちゃんが来た。きらきらを集めて、ああ綺麗やなって、そんなこと当たり前のように思った」
「うん」
「あのまま、ああ綺麗やなあって、それだけ思える世界で、また子どもをやり直せたら良かったけど」
「うん」
「それだけじゃしんどかったんかなぁ。だからここへもぐってきたのかな。したのせかい」
「うん」
「でもまだ、すぐにうえに戻る勇気はないから、このお風呂が好き」
「はるも、好き、あったかい」
「あったかいな」
「うん、すごくあったかいな」
そうやって手を繋ぎ合って私の顔もきっとゆでだこで、そしてせっかく大きくなっていた体が、今だけはしゅん、と小さくなっている。
「なっちゃん、手、ちっさい。赤ちゃんみたい」
お湯の中から手を取り出して言った。
「はるちゃんのも、ちっさいし、それにシワシワ」
「おばあちゃんみたいやのに、シワシワやのに、小さいし、おばあちゃん子どもや」
喉はカラカラで頭もクラクラした。なのに私たちの手はひとつの体みたいに繋がったままで、シロちゃんのほうにゆっくり泳いでいった。
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