第25話 うえのくに新聞--秋は鬼マークの家でお泊り!


 パズルのピースが埋まっていくように、なんてほど正確ではないけれど、シロちゃんのことをきちんと書くんだ、と決意してからずっとにごっていた小学二年生のまま止まっていた記憶の箱をほんの少しずつ開くことができている気がする。

 私とシロちゃんは同い年で先にシロちゃんのほうが施設にいた。

 シロちゃんは年齢よりちいさくて、この世界のシロちゃんのように口数が少なかった。

 今日も私は自分だけの机と椅子に向かう。

 ここで書き物をしている間は、目をそらしていたことも、向き合える気がした。

 それまでは、うえのくに新聞の写真は、自分じゃなくて、自分とそっくりな誰かだと言い聞かせていた。それに、私は新しい小学校で、なっちゃんと出会って、お母さんと暮らしていたときのことは定かではなかったけど、まぁ、あの持久走までは、楽しく優しく暮らしていたんだって。

 だけど、なっちゃんがこの世界を(受け入れて)いったように、いつかいなくなってしまうかもしれないように、私も、ここに座ってじゆうちょうに会いにくるんだ、そう思った。

 自然と、言葉が溢れてきた。秋子先生に書いていた手紙は、はじめのほうは「せんせいあのね」のような文章だったけれど--書ける。私はもっと書けるはず。年齢は、この世界にはなかった。でも、子どもから、大人はすっ飛ばして、鬼マークはのぞいて--鬼マークは大人とおばあちゃんの間で揺れているんだろうか--おばあちゃんたちばかりだった。きっとそれはこの世界にいたままおばあちゃんたちが決めたことなんだ。でも、私は、やっぱり書いてみたい。そう思った。


 それからというもの私は毎日ほとんどの時間を“ここ”で過ごしてる。

 シンプルな木の机と椅子は、よくある子ども用の勉強机ではなくて、飾り気もなにもない、床のようなロッジのような。

 物もじゆうちょうとペン一本しか置くスペースがなかった。けれど、この書いている感じが、体と一体化して言葉が巡る感じがしっくりきて私は書き続けた。

 そんな私のことを、けれどなっちゃんはからかわなかった。

 なっちゃんはしょっちゅう鬼マークや雪子さんのところへ行っていた。なっちゃんはふだんからカラッとさわやかな顔をしていて、あのお風呂以来大泣きはしていなくて、でもここと面接とを行ったり来たりしながら葛藤しているんだろう、そんなことを考えた。私の体はまだ小学二年生のままで、なっちゃんだってそうで、なのにそんなふうにまるで親のようになっちゃんを思っている自分が可笑しかった。


 ふと窓の外を見ると夕暮れになっていた。

 紅葉のようなおれんじの始まり。

 うえのくに新聞を見た。

 秋は鬼マークの家でお泊り! 

 そうだこんな時期に、私とシロちゃんと二人で鬼マークの家に泊まりに行った。

 もちろんこの世界の鬼マークじゃなかった。私たちのいた施設の鬼マークはもっともっと、全員から恐れられていた。だから、長期休み、帰るところがなかった私たちが、鬼マークに誘われたときは背中に冷えシップを貼られたみたいだった。

 子どもが一気にいなくなると館内は、とたんに息をひそめて、誰のスリッパの音もしなくて、私とシロちゃんはリュックに着替えをつめていった。


「はるちゃん、お風呂行こう!」

 気付けば手が痛くなるほど書いていた私は、いつだってなっちゃんに呼ばれるのはお風呂だなあと思った。

「なんかなっちゃん、背伸びた?」

 私は言った。

「はるちゃんもすごい伸びてるで、変なの」

 私たちはお互いの姿を見て笑いが止まらなくなった。この一日で私たちは中学一年生くらいの体になっていた。「なんか、変なの」「そっちこそ」しつこく笑い合ってそのうちなぜ笑っているのか分からなくなって、私たちは床に転げ回った。「服、ちんちくりんやで!」なっちゃんに言われて見てみるとおへそが出ている。「ほんまや、どうしよ!」私は服を伸ばしたけれどすぐにおへそが挨拶するから、また笑って、笑って、涙がたくさん出る。

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