第24話 自分だけの木の机と椅子


 その日はお風呂は無理しないで部屋で休むことになった。

 私たち三人の部屋は廊下のいちばん奥にある。子どもたちの部屋はぜんぶで四つあって、私たちは「四」。おばあちゃんたちの部屋は別にあった。

 そういえば、施設もこんな感じだったなあ、私は思い出す。

 そのときも一番奥の部屋だった。この世界でいうところのやっぱり「四」。

 そして、転校先の学校でなっちゃんと出会って、秋子先生とも出会って、あたらしい生活が始まっていた。

 なんだか、これって同じ繰り返しだ、そんなことを思う。

 なんていっても、この世界は変なことだらけ--あたりいちめん砂の世界、お風呂はおばあちゃんだらけ、雪子さんと鬼マークが仕切っている、雪子さんはまだ子どもの見た目なのに。ほかにも時計がないこと、面接があったこと、秋子先生の手紙はおかしいこと、返事が書けないこと……。

 そういえば、と思って私は新聞をしまっていた箱を取り出した。

 期限がくるとまっしろの新聞に写真と文字が出る。

 けれど、まだ、二枚目の新聞は見ることができなかった。

 代わりに、私はこの間の新聞を広げた。

 自分だけの、木の机と椅子にて。

 この写真の、私は何歳くらいだろう。後ろ姿だし、それに白黒で、はっきりしない。

 秋子先生は変わらないように見えた。でも、ショートカットだった秋子先生なのに、長い髪をうしろでむすんでいた。

 私は相変わらず届かない手紙を書くことにした。


 秋子先生へ。

 新聞を見ました。

 とても懐かしいような、ぜんぜん知らないことのような感じです。


--書き始めてすぐ、ハッとした。

 というより、その日の夜の暗闇が浮かんだ。そうだ。秋子先生とサンタクロースになって、プレゼント配りを手伝った。

 毎年クリスマスイブの晩に宿直の先生が配るんだ。でも、子どもは大勢いるから、大変で。それで、私はいつだって秋子先生のうしろにひっついていたから、「あんた、これ手伝って!」と渡された。中に入っているのは寄付されたノートやら鉛筆やらで、特に豪華ではないんだけど、朝起きて比べ合いっこするのがお決まりだった。

 それに、あの日私はサンタクロースになりきって、楽勝だなあと素早く置いていったのに、足を踏んづけてしまったんだ--そうだ、「いてっ」と声を上げてぱっちり大きなまんまる目を開けたのは、となりの部屋の、シロちゃんだった。ほんとうの名前は思い出せないけれど確かにシロちゃんだった。

 私はペンを置いて、寝転がっているシロちゃんのほうを見た。シロちゃんはただじっと天井を見つめている。

「シロちゃん」

 私は言った。

「なにー」

「……ううん、なにもない」

「なんで?」

 クリスマスイブの夜が再びよみがえる。

あの日私は言った。「先生、足踏んでしもた!」でも、シロちゃんはその後何事もなかったかのようにすぐに寝た。私のとなりの部屋だったシロちゃん。いまは同じ部屋にいる。私より体がちいこくて、まるで赤ちゃんのようなシロちゃん。

 でも、私と、シロちゃんは、そうだ、同い年だった。だけど別の部屋で暮らしていて、そして私の担当は秋子先生だった。シロちゃんの担当は--息が苦しくなる--あの部屋は、きちんと“見る”ことができなかった。その部屋を通らないと自分の部屋には行けなかった。でも目をそらしていた。灰色の香りがした。同い年だったシロちゃん。入学式も卒業式もいっしょで、成長していった。シロちゃんがいたあの部屋のことを書かないと、いけない。私はそんな気がした。そうじゃないとここから出られないと思った。シロちゃんがここに残るにせよ、そんな気がした。ここで。自分だけの木の机と椅子で。

 私は立ち上がった。

 雪子さんに会いに行った。

「あの、私、一度ぜんぶ書かなくちゃいけないって、そう思いました」

「そうですか」

 雪子さんはそれだけ言った。すると手に持っていた二つ目の新聞が開かれた。タイトルは『うえのくに新聞--秋は鬼マークの家でお泊り!』だった。





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