第22話 百円玉おばあちゃんの演説
今日も三人でお風呂に向かう。初日は地図を見てたどりつくのに時間がかかったのに、もう慣れっこだ。
それぞれ、手にはバケツをぶら下げている。下には着替えと、タオルと。そしてその上には洗面器がはめられていて、恐竜のシャンプー、せっけん、スーパーボールなどなど。
入り口では相変わらず百円玉おばあちゃんが待ちぼうけ。
「はい、これ、三枚」
私は百円玉おばあちゃんの手の中に丸を三つ落とす。
その百円玉はいつも雪子さんが配る。渡す意味ってあるのかなあと思う。でも誰も面倒でつっこまない。それにこの百円玉がないと百円玉おばあちゃんの生き生きとした顔が見られるなくなるかもしれない。
シロちゃんがスキップするたび、バケツの中のいろいろが暴れる。カランコロンと音がする。シロちゃんはお風呂が好きだ。今日もスキップより目立っているシロちゃんの気持ち。
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はる、ひさしぶり。
この間も学校に行けない子がいて、はるだったらどうしてほしいかなあと考えていました。
寒くなってきたから、体気をつけてね!
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恐竜のシャンプーはみんなが同じタイミングで使うとお風呂の床全体がてらてらと笑ったり泣いたりしているよう。
この色だ、と思って青く見える部分をひとさし指ですくうと、けれどそこに見えるのは透明で、おかしいなぁ、と思う。
湯船に三人で浸かる。
百円玉おばあちゃんも入ってきた。ほかにも二人が入ってきた。何人か子どももいる。
「そういえばはるちゃん、この間の面接どうやった?」
「うん、なんかたくさん聞かれたし、困った」
「なつも、困った、最初は」
「最初は?」
「うん。今日もこの後面接で、ちょっと慣れてきたかな。だんだん受け入れてきたかな」
(受け入れてきたかな)、なんて、大人みたいだと思った。なにがどう大人みたいだと思ったかは、うまく言えないけど。
そして自分がていねいにどんなふうだったかを言わなかったのもあって、なっちゃんにそのことを深く聞くことはできなかった。
「シロちゃん、面接、あった?」
私はもぐっているシロちゃんの頭に向かって大きい声で聞く。
でも水中のシロちゃんには聞こえない。それになぜだか笑っているので、私も笑った。
「なあ見て、シロちゃんお湯の中で笑ってる」
私は言った。
「ほんまや! シロ子、目、痛くないん?」
なっちゃんも笑う。なっちゃんのいうとおり、シロちゃんはゴーグルもしていないのに、まんまるお目目をまばたきもせず、開けているのだった。
「あんたら、ちゃんと笑ってて、良かったわ」
百円玉おばあちゃんは言った。
「だって、シロ子が」
なっちゃんはまだ笑っている。
「ここに来たときはそらみんな、悲しいし、諦めたような、もうどこにもいかんでもいいような、でもいますぐ出ていきたいような顔してる。私もそうやったなぁ。とおい昔のことで、もうほとんど覚えてないけどな、でも来た日のことは確かに覚えてるなあ」
「え、百円玉おばあちゃんが、最初に来た日ですか」
私は言った。
「そうや……。もう私は、ここにいすぎてな、出ていく力もなくなってしまった。それがこの間まではやっぱり心残りやったけど、でもな、それでも、おばあちゃんは、ここにいることに決めたの。それでいいの。みんなそれぞれだから。ここにいるたくさんのおばあちゃんたちもそうやで。みじめなんかじゃないで。みんな、そらいっしょうけんめい頑張りたい日もあるけどな、あったやろうけどな、その力が、ちょっとだけ残っていたかすかなろうそくの火が、やっぱりどうしたって、消えてしまうこともある。残念なことでもある。けどな、けどな。おばあちゃんたち、あんたらのこと、見守ってる。それがうれしいよ」
「はい」
私はぜんぜんよく分からないような、とてもしっくり心が静かになったようなそんな感じだった。
「百円玉おばあちゃんは、私たちがいなくなったら、寂しいですか」
「そりゃ、寂しいよ。若い子の光はおばあちゃんたち、目をつむっててもまぶしいもん。でもな、同じくらい嬉しいよ」
なっちゃんがした質問は、“いなくなったら”というのは、どういうことかな--私もシロちゃんの横でお湯の中にもぐっていった。
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