第19話 うえのくに新聞


 通されたのは私が最初に長距離走のとちゅう“のうしんとう”のようになって、転がり込んだ部屋だった。そのときいたのは鬼マークだったけれど、今日は雪子さんが私をつれてきて、そして鬼マークは待っていた。

 まえの学校で仲の良かったユキコちゃんと、今日もそっくりな雪子さん。でも、髪型やふんいきは違ってる。ユキコちゃんは、髪の毛がまっ茶色で、染めているみたいだった。でも地毛だと言っていた。対して雪子さんは墨汁のように黒い髪。

 背も、雪子さんのほうが少し高い気がする。でもそれは雪子さんの背筋がマッチ棒のように一ミリも傾いていないからかもしれなかった。

 ユキコちゃんとは毎日一緒に学校へ行った。けれど時々、お母さんが泣くせいで、遅れることもあった。そんなときはユキコちゃんのお母さんが「ごめんね、ユキコ、さっきまで待ってたけど先に行っちゃって」と言った。ユキコちゃんの家はとてもきれいだった。それにお母さんもきれいだった。そういえばユキコちゃんのお父さんは見たことがない。私もお父さんを知らない。なっちゃんからも聞いたことがないし、この世界にもいない。

「こっちに入って」

 雪子さんに案内されるがまま、気付けば白いパーテションの前にいた。こんなところがあったなんて、気付かなかった。

 隙間から入ると鬼マークが椅子に座っている。私も反対側に座る。

「うん。心配だよね。でも、ゆっくり、焦らずにね」

 そう言って雪子さんは消えた。私の心の中を相変わらず読んでいる。それにはもう慣れっこになっている。

--鬼マークが話し出す。

「ここは、初めてですね。初めてというのは、この部屋のことじゃなくて、だって本来ならこの部屋は、入ってはいけないんですよ、呼ばれるまでは。まぁ、あなたともう一人は入口を間違えたのですね。でもまぁ、それは置いておいて、今日はいくつか質問と、それから、渡すものがあります」

 鬼マークは私にとってただ怖いだけの存在だったから、こんなふうにたくさん喋りかけられると、どうしていいか分からないし、どこを見ればいいか分からないと思った。

「さて、あなたは何歳で、なにいろが好きで、現在はどこにいて、どんな気持ちですか」

 焦らないで良いと言われたのに、一気にいくつも聞かれて、なにも答えられないでいた。だって、ここには時計もカレンダーもないのだから、何歳かは分ったとしても--多分、この間まで小学二年生だったのだから、それは変わっていないだろう--それから、なにいろが好きか、久しぶりに聞かれると、うーん、恐竜のシャンプーの色は好きだけれど、あれは(にじいろ)でいいのかな、でもそれだと違う気もするな、それから、どこにいますか、って、ここにいるじゃないか、鬼マークはなにを言ってるんだろう、最後はどんな気持ちか……なにも分からない。

「人によって、覚えていることや、どうしたいか、それは違います。なにが正解か、そんなのは、ないと、知ってます」

 鬼マークが言う。

「はぁ」

 私は言う。

 こんな難しい質問、シロちゃんがいつしか呼ばれたら、答えられるわけがない。そんなことを心配していると、鬼マークが紙袋からなにやら紙束を取り出し、そしてそっと机の上に見えるように置いた。

「これは、あなたが持っていて下さいね」

 なにが出てきたんだろうと紙袋のほうを見た私は、そこに「うえのくに新聞 『はる様宛』」と書かれているのを見た。

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