第17話 ベルから始まるしたのくにの朝
りんりんりんりんりんりんりーん。
ゆっくりと、けれど確実にベルの音が近付いてくる。
私は布団を頭までかぶって、そんな音は存在していないふりをする。時計を見る。時刻は六時四十五分。この時間になると、それも一秒違わず、きっちりベルが鳴り響くのだった。
ここへ来てどれくらいの時間が経ったか。あのはじめての三人でのお風呂--恐竜のシャンプーと共に流れていったなみだ--それはなみだだけでなく、時間も。
同じ部屋のなっちゃんとシロちゃんもそんな音なんて鳴っていないと無視をきめこんで寝ている。
「起きなさーい。早く起きて食堂に入りなさーい」
と叫んでいるのは私がここへ来たとき、まっしろの部屋に転がり込んだとき、急にあらわれた私に驚いていた“鬼マーク”だ。過ごしているうち、その人が“鬼マーク”と呼ばれているのに気付いた。なんでも、うわさによると、どんなサインも鬼のマークを描くそうだ。「それって契約書か何かかな?」となっちゃんに言われたときは「よく『契約書』なんて知ってるな」と言った。でもそういえば自分だって知っている。お母さんと暮らしていた家にはいつだって紙があふれていて、あ、それは契約書じゃなくて“請求書”だったりもしたけれど、ほかにも、お酒の空き缶、タバコ、それからやっぱり本と、お菓子。
「あとー、十分」
鬼マークがカウントダウンを始めている。
「ずっと布団の中にいたい」
私はつぶやいた。
「なんで?」
じぶんだって寝ているくせにシロちゃんは言った。
そして布団の中のまっくらを見ながらそういえば、と思う。
こんな光景を、この布団の中のまっくらだけじゃなくて、朝が来て、なにかが鳴って、そして先生が叫ぶ声を聞いたことがある--そんなの当たり前だ、私はここへ来る前施設に少しの間いて、秋子先生がいて、あれ、でも秋子先生はあんなにうるさく起こしたかなあ、そうじゃなかったよなあ、じゃあ私が“これ”を覚えているような気がするのは、なんで。
そのとき勢いよく天井の白が見える。鬼マークが布団を剥いだ。「寒いさむい」なっちゃんは布団を奪い返した。シロちゃんは転がっていった。
「どこかで会ったことありますか」
私は寝ぼけながら言う。鬼マークは、こっちをキッとにらむ。「早く起きて」「このベルの音じゃなくって、音楽が流れたような」頭の中でピアノと音が流れる。「その話はまたこんど」と言った鬼マークはふだんの眉毛が上がったけわしい顔じゃなくて、とても大切なことについて、話しているような顔をしていた。「はい」私は言った。「はいはいはい起きて」私たちはほとんど追い出されるように部屋を出て行く。ほかの部屋からも子どもたちが出てくる。そしてわらわらとおばあちゃんたちも出てきた。朝がきた。けれどいったい今日が何日で、何曜日で、もちろんどこなのか、教えてくれる人はいないし、なんだか時間がだらしなくて、そのことについて考えることができなくなってきている。とはいえ朝がきた。まぶしくて太陽を手でさえぎる。食堂はなぜかやっぱりあたり一面砂の世界にあって、簡単な木の机と椅子が並べられている。雨が降ったらどうするんだろうと思うけれど、みんなはバイキングで取ってきたきのこのスープや、どう見ても焦げているベーコンや、オレンジジュースを楽しんでいるから、私もフォークを手に取った。
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