第16話 にじいろの涙


 そういえば、と思って私は恐竜のシャンプーを手に取った。

「これ、使った?」

 なっちゃんに聞いてみる。

「あ、忘れてた」

「じゃあ、使ってみる」

 私はポンプをぷしゅー、と押してみる。するとてらてらと油のように光ったにじいろのシャンプーがゆっくりと、ソフトクリームのように出てきた。

「わっ、これなんのにおいやろ?」

 なっちゃんは言う。

「わー」

 シロちゃんはそのてらてらのにじいろに見とれている。

 確かに。これなんのにおいやろう。私は口から息を吸い込んで、違うちがう、と鼻から息を吸い直した。

「うん。なんのにおいやろう。これ」

 お菓子のような、そのなかでも綿菓子のような、ううんでもご飯のような気もするし、冬のはじまりのような気もするし、思い返せば嫌いなおしいれのにおいのような、うーんでも、やっぱり(にじいろ)としか言いようがないような、いやこれこそ、恐竜なのか!? このシャンプーに描かれている緑と黄色と赤のそれぞれ背の違う恐竜たち……。

 そして、いっしょに思うのはいつだったか嗅いだことはないはずなのに、なつかしい気持ちもするのだった。

「みて、はるちゃん! シロ子、ほんまにソフトクリームなったで!」

 なっちゃんは言った。なっちゃんはいつのまにかシロちゃんのことをシロ子と呼んでいる。なんだかペットのようだ。そんなシロちゃんはなっちゃんにされるがまま、シャンプーで高く天井の方向にツンと伸ばされた髪の毛は、ひっぱれば、シロちゃんごとすぽーんと抜けてしまいそう。

「はるも、やってみよ」

「なつもー!」

 三人の頭の先っちょがツンとなる。けれどなっちゃんの髪は肩より長くて、ななめに倒れてしまう。

「あーあ。まっすぐ、やりたいのに」

 ちょん、と私はなっちゃんの先っちょをさわる。

 すると、なっちゃんの肩が震えていた。

「なっちゃんどうしたん? まっすぐならんから、かなしいの? ほら、はるだって、倒れちゃったで」

 私は体を倒す。しゅー、と髪の毛も倒れる。

「ううん、ちがう」

「じゃあ、目に入ったん? 痛いの?」

「ううん、ちがう」

 なっちゃんが震えるのと同時に、なっちゃんのソフトクリームも揺れる。「なんで泣いてんのー」シロちゃんが言った。すると、なっちゃんはその言葉がスイッチになったのか、「わーーーーー」と大声で、それはもうお風呂中のおばあちゃんたちが腰を曲げながらビクッとなるくらいで、わらわらとおばあちゃんだらけになった周り、なっちゃんの目からはおそらく涙、けれど恐竜のシャンプーとまじったそれは、あいまいになり、体までにじいろは流れて、お風呂のタイルもかすかに色付く。

 するとシロちゃんも「わーーーーー」、私は真似をしているのだと思って、またシロちゃんは、その後になっちゃんに「なんで泣いてんの」と言うんだろうと思っていたけど、なっちゃんにも負けないくらいの全力で、泣いた。そんな二人を見ていたら、おばあちゃんたちの「大丈夫、大丈夫」を聞いたら、肩をたたかれたら、止まらなくなって、三人の涙と恐竜のシャンプーのにじいろと砂、ここがどこなのか、けれどあったかくて、時おりやっぱり桶のカコーンが合間にお邪魔して、泣いて、ないて、ほとんど脱水症状で雪子さんも気付けば観客に加わっている、そんな中でひたすら頭と体と足の先っちょを洗い続けていた。



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