第15話 おばあちゃんパラダイス
「遅かったやん」
脱衣所には雪子さんがいた。体重計に乗りながら、飴をなめている。
なんだ、雪子さんいたのか。ここまで案内してくれたら良かったのに。私は思って、竹でできた床をそろそろ歩く。すると雪子さんは体重計のスイッチを押して言った。「でも、初めてのときは、みんな地図見て行くの。仕方ないでしょ」
「え!」
思っただけなのに、言葉にしていないのにそう返された私は雪子さんの手の中にある棒の先っちょについた飴がゆらゆら揺れているのを見つめていた。(もうなにも言えないな。いや違う思えないな)ロッカーの鍵を開けながらつい考えてしまうけれど、「そんなことないよ、あんたは悪くないんだから」それも見透かされてしまい、「ひっ」声が出て口を押さえた。
お母さんと銭湯に行ったことはあったけれど、こんななにも知らない場所で、それに雪子さんはこわいし、はあ、帰りたいな、でもどこに帰りたいんかな、うじうじしていたらなっちゃんはすぽーん、と服を脱ぎ、もうお風呂に向かってる。しかもよく目をこらすと、なっちゃんはそれより先にはだかになって入って行った、いやむしろ走って行ったシロちゃんを追っていたのだった。「なっちゃん、なっちゃん待ってよ」私は言って仕方なくぜんぶ服を脱いでたたむ間もなく再び白い靄の中に入って行った。
「なっちゃん! 待って、まって」
「はるちゃん、早くー!」
声が聞こえるほうへ歩く。こけてしまいそうで綱渡りみたいになる。「なっちゃん、シロちゃん、どこにいるん」
目をごしごしこする。視界がとうめいになってくる。
カコーン、カコーン。
お湯を桶ですくう音。雑談。またカコーン。カコーン。
そこらじゅうにわらわらと顔を洗ったり体をこすったりひたすらお湯につかって顔を真っ赤にしていたのは、全員おばあちゃんだった。おばあちゃん、おばあちゃん、どこまで見てもおばあちゃん、時々おば、ちゃん。おばあちゃん。百円玉おばあちゃんがいっぱいいる。全員に百円玉を渡さなくちゃいけないのかな。そんなことを考えているとおばあちゃんがぜんぶ百円玉に見える。なっちゃんと、シロちゃんが座っていた席の横に座った。「なぁ、なんでこんなおばあちゃん」私は言った。「はるちゃん、気持ちいいね」けれどもうなっちゃんはほっぺを真っ赤にして馴染んでいた。「なんで?」シロちゃんは言った。「ほんまに、なんで、なんで、なんでやわ。もう知らん。知らん。どうせ雪子さんに見透かされるんやから、もう知らん」大きい声で言った。そして蛇口いっぱいのお湯を桶にくんで頭からざぶーんと滝を浴びる。
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