第13話 雪子さんの本気の地図


 雪子さんに渡されたのは恐竜のシャンプーが一つ、それから一枚の地図だった。

 まっしろい紙の上にはきれいな字でこう書かれていた。

「お風呂までのちず。本気で書いたちず。雪子」

 まだひっく、ひっく言いながらなっちゃんがその地図を横からのぞく。

「本気やって、ひっく、なーんにも書いてないやん。まっしろやん。どこが本気なんやろ」

 そう言ったのも無理はない--地図はほんとうにまっしろで、まんなかに矢印があって、下に「ここが、お風呂」と描かれているだけだった。

「なぁ、はるちゃん、ひっく、たぶん、なつが、悪いねん」

「なんで?」

 シロちゃんがすかさず問う。

 私はどういうことか分からなくて、「なんで?」、とシロちゃんと同じことしか言えない。それに、お風呂に早く行かないと雪子さんに怒られるのではないか。あの雪子さんは、まえの学校のユキコちゃんにそっくりなのに目がキッとして、いつも緊張しているようだ。

「あのさ、実は……」

 なっちゃんが言い始める。

「なんで?」

「ちょっとシロちゃん、まだ聞くの早い」

 私は言ってシロちゃんと手をつないだ。「なんで」またかすかな声でシロちゃんは言った。

「あのな、はるちゃん、なつ、きらきらの、お願い事で、ここから違う場所へ行きたいって、そう言ったから」

「そうなん?」

「うん。最近、おうちが、とてもしんどかった」

「そっかぁ」

 私は言った。とにかく矢印のほうへ三人で歩き出す。なっちゃんが言ったこと--(最近、おうちが、とてもしんどかった)というのは、知らない気持ちではなかったから、よだれをごくんとのみこんだ。でもどう言っていいか分からず、私は左手で、なっちゃんの手をつなごうとした。でも地図を持っていたから、あたふたとする、そこに手がのびてくる、なっちゃんは左手で地図を持ち、右手で私の手をつつむ。

 見渡す限り砂漠が広がっている。

「なっちゃん、もしかしてここ、砂場なんかなあ」

 なんとなく私はそんなことを思っている。ひとつぶひとつぶ、目が痛くなるまで探したきらきら。きっとあのときの二人の目は今、右横にいるシロちゃんの素のお目目そのもの。シロちゃんは砂漠のずっと向こうまで見つめている。その目がなんだか懐中電灯のように希望を照らしてくれているようで、私は両手をぐっとにぎり、その手に二人がぐっとにぎった。

「あ」

 なっちゃんが言った。

 三人の気持ちがトライアングルみたいに重なったのか、地図が光っていた。矢印は、目指せお風呂。「これが雪子さんの本気かぁ」

 なっちゃんは言って、いつのまにか泣き止んでいる。

「お風呂、行こっか」

 私は右足を前に出した。

 

 

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