第12話 恐竜のシャンプー

 

 とりあえず部屋の真ん中に座り息を落ち着かせる。

 シロは、おかっぱ頭で、ちいさくて、水色のトレーナーを着ている。

 私が部屋へ入ると先に居たのになぜかシロはうしろをついてきた。そして、距離はわずか私の体から一ミリという感じで、横にぺたんと座った。

 まだ四歳くらいに見えるシロを見て、私は心配になる。そして付け加える。こっちだって子どもやのに、まだ小二やのに、と。

 同時にさんざん子どもらしくないと言われてきたことを思い出し(なんだよどいつもこいつも、子どもらしくないとか子どもらしいとか、だいたい、子どもだってなんだよ)と心で悪態をついた。

「何歳?」

 でも、イライラしながら矛盾だらけの私は聞いた。言ってからすぐ、そんなこと聞いたところでなんになるんだろうとも思った。

「なんで」

 予想通りシロは言った。

「ううん、もういいの」

「なんで」

「だから、もう何歳か、言わなくていいよ」

「なんで」

 シロの視線はまっすぐでいっときも油断しなかった。

「なんでも」

 なんでも、って、便利だなあと思って、そういえばさっきほっぺを水が流れていったけれど、なんだから落ち着いている心に気付く。

「シロって、呼んでいい? でもやっぱりシロちゃんって呼んでもいいかなぁ」

 私は聞いた。

 こくん、とシロが頷いた。はじめて、(なんで?)と聞かれなかったのでほんのすこし可笑しかった。


--ドンガラガッシャーン

 そのとき大きな音がして私とシロちゃんは同時にドアのほうを見た。……するとおむすびみたいに回転して入ってきたのはなんと、なっちゃんだった。「なっちゃん!」

 私は呼んだ。

「あ、段差があるの、言うの忘れてました」

 そのうしろで、雪子さんはまるで悪びれていない顔で言った。

 なっちゃんの顔を見たら“きちんと”泣いていたから、ひっ、ひっ、としゃっくりをしていたから声が出ないようだった。

 それを見て私は思った--なっちゃんは、えらいな。きちんと泣いて、えらいなぁ。

「はるちゃん、痛いよ」

 見てみるとなっちゃんの膝はすりむけて血がにじんでいる。

「そういうわけでここは三人部屋! まったくもう」

 ぷりぷりして雪子さんはまたどこかへと行ってしまう。なにがいったい(まったくもう)なんやろう。私は遠ざかっていく足音を聞きつつ思う。

 するとまたその足音がこんどはより床を踏みしめてやってきた。

「それから! 言うの忘れてました。あんたたち、お風呂、行きなさい」

 そう言って雪子さんに手渡されたのは、恐竜の絵が描かれているシャンプーのようだった。

「はい」

「は、い」

 圧倒されて私となっちゃんは交互に言った。

「はいっ」

 二秒遅れてシロちゃんも言った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る