第11話 なんでなんで星人


 雪子さんの歩くスピードがあまりにも早くて、私は軽くかけ足になる。どうせ走るならさっきの体育の時間はなんだったんだ、いやもしかしたら“のうしんとう”になるまではあんがい、いいところまで走ることができていたのかも。なっちゃんは何位だったろう? 一位は誰だっただろう。あ。でも名前は覚えていないか。

 じゃなくて、そうだ、なっちゃんだ。

「あの、なっちゃんって、ここに、いますか?」

 前を歩く--ほとんど走る雪子さんに声を張って言ってみる。

「なっちゃんは、あだ名です。セイシキには、なつ、ちゃんです」

 けれど雪子さんはちっとも立ち止まってくれない。

 その後、バンガローのような場所に来た。たくさんの部屋がある。その部屋の中から、いや窓から、(あ、こんどは窓がある)、たくさんの子どもたちがこちらを見ている。

「私、たぶん、“のうしんとう”です。だから早く戻らないと。とにかく戻らないといけないです。のうしんとうの治し方分かりますか? この前、ドラマで見たんですけど覚えていないです。あの、なっちゃんがいれば、いいんだけど。でもこの世界にはいないのかなぁ。あの、なっちゃんと私は毎日きらきらをプールの階段にあつめていて、願い事のためにもやることがまだありますんで……」

 変な話し方になって、「ありますので……」ちいさく言い直した。

「はい、ここがあなたの部屋」

 なにも聞いていなかったのか私の話はなかったことにされて、雪子さんは指差した。そんな雪子さんがあまりにまえの学校のユキコちゃんに似ているからどうしたってまじまじと見つめてしまった。そして言った。

「ユキコちゃん、転校することになったとき、急で、ごめんだったね」

 また変な話し方になってしまった。

「お手紙書いてくれたのに私、ありがとうだったね、ちゃんとばいばいしたかったのに家がぐちゃぐちゃで、それで」

 けれどまた無視をして雪子さん--「まだこの部屋はできたてなんです、人数が多いから、この間、急遽あたらしくできました。だから、まだあなたと、それからシロしかいません。シロは、まだ来たばかりで、あなたと同じですね。名前を言ってくれないのでシロと呼ばれています。誰が言い始めたのかは忘れましたけれど、ここではすぐ、あだ名ができますから。ちなみにシロはなんでもかんでも聞いてくるから注意してください。では!」

 そう言って雪子さんは来た道へと戻って行ってしまった。

「はぁ」

 それだけ返事するのがやっとでそしてそのときじんわり目の奥が痛く、熱くなってきた。

「なんやねん、もう」

 それまでずっとつっかえていた川の水があと少しで溢れ出しそうだった。でもそのまま泣くのはなんだか悔しくて右足をドン、と踏んだ。

「なんやねん、もう」

 すると、目の前にまんまるのふたつの目玉があって私は「ひや」と声が出た。そしておおきく飛び退いた。

「なんで泣いてんの」

「へ」

「なんで、泣いてんの」

「なんでって、なんでって、言われても」

「なんで、大きいの」

「へ?」

「なんで、大きいの」

「えっと、背のことかな? だってあなたよりたぶん年上だし……」

「なんで、泣いてんの」

 つー、とほっぺに水が落ちていった。

 そしてその水は目の前にいるシロのおおきくてビー玉みたいで真っ黒で、いまにも落っこちそうな両目へと吸い込まれていきそうだった。

 私は部屋へと入って行った。



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