第10話 保健室と似ているけれど違う場所
ぽーん、とまた違う部屋に放り込まれた私はなにがなんやら、言葉にならない声でうめいた。
「あの、い、痛いんですけど……」
とりあえず遠慮がちに言った。
「あんた、いつ、どこから来たんや」
けれどその大人の女の人はさっきから同じことばかり聞く。
「た、体育の時間で」
「はぁ?」
「体育の、マラソンで、じゃなくて長距離走ってやつで、六年生が駅伝で、だから私たちも走ることになったんです」
「なにを、言うてるんや」
「だからえーと、走るんですよ。神社まで。タッチして戻るんです」
「ちょっとそこから動かず、待ってなさい。いいですね?」
そう言い残してその人は出て行ってしまった。ものすごい速さだった。
この空間、見たことがある気がする……。そう思ったのは入れられた部屋が、保健室に見えたからだった。
転校初日、担任の先生に呼ばれるまで待っていた部屋。消毒液のにおいがして、足を交差させたり、つまさきで床をトントン静かに叩いたりして待っていたっけ。いつまでも時計が進まなかったっけ。
そうだ。これはきっと“のうしんとう”ってやつだ。私は確信する。この間、施設で見たドラマで、お医者さんが“のうしんとう”という言葉を使っていた。そのせいで、なにがなんやらてんてこまい、おかしくなってしまっているんだ。
私は女の人が出て行ってしまったから、どうすることもできなくて、窓を探す。窓。
窓があれば、きっとこの部屋の向こう側が見えるから。
だけど肝心の窓が、見当たらない。
さっきのドアしかない。そのドアには鍵がかかっていたし、ひねってもびくともしなかった。
「あーあ、お腹すいたなー」
声が出るか確かめたくて、言ってみる。
するとその直後、またドアがひらきさっきの女の人と私と同い年くらいの女の子が入ってきた。
「お世話係のものです。よろしく」
女の子は言った。
私は目がかすんで、返事もできないでまま。
続けて、その子は言う--「わたし、ユキコっていいます」「えっ」--やっと返事をした私は目をごしごしこする。
ユキコちゃんだ。ユキコちゃんがいる。
「あの、漢字は、三文字でしたよね?」「えっ」--今度はそのユキコさんが「えっ」と言って、「いいえ、雪、はるなつあきふゆの雪に、こどもの子、雪子ですよ」「えー、それじゃあ、だめですよ、あなたユキコちゃんでしょ、顔も同じだし、だめだめ」まともな世界にとっとと帰りたい私は諦めがつかず言った。
「とにかく、ついてきてください」
雪子さんとやらは言った。
「はい」
とにもかくにもようやっと雪子さんに手を引かれて私は外に出ることができたのだった。
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