第9話 したのくに

 

 ものすごい音をたてて突き抜けた私は、けれど誰もいないなにもないまっしろな部屋に出たので拍子抜けというよりも恐ろしくなった。

 そこは私が越してきた病院のような施設よりも白い、汚れひとつない、もはや白なのか、白の先なのか、じっと壁をぐるっと見渡した。

 一年生になりたての頃、教室で倒れたことのある私はまたそれだと思い、周りから声が聞こえないかじっと待った。

 そのときも、景色はテレビの白黒画面のようにザーザーしていたけれど、先生を呼ぶ声とか、ちいさな悲鳴とか、いろいろが耳の近くでぐるぐる回っていたからだった。

 けれど聞こえるのは、自分の心臓の音と苦しくてひゅーひゅー出る喉の音。

「いたっ」

 私は変な体制で寝転んでいたので、とりあえず座る。

 そして膝を抱えて、やっぱりじっと待つ。待つのは、得意だったから。施設へ来る前もただ、待った。あらゆることを待った。それでも読んでいた本たちの世界は動き続けていた。それだけが楽しかった。そんなふうに待って、待って、なにも喋らないでいたらたくさんの大人たちにはヒソヒソと「この子は、子どもらしくないねぇ」と言われているのが聞こえた。いつか小学六年生になったなら、中学生になったなら十八歳の前日なら「子どもらしくない」と言われなくなるだろうか。

 読んでいた本や漫画の世界の主人公らはみんなうんと、年上だった。みんなと“同い年”になってみたい。背すじを伸ばさなくたっていいように。そんなことを読みながら思っていた。

 

 早く立ちくらみが終わらないかなぁとおでこと膝はぴったりくっついたままだった。

 すると「あんた、どうやってここ入ったんや?」

--とつぜん、大人の女の人の声が聞こえて、私はガバッと顔を上げた。保健室に連れて行かれるのだと思った。体調が悪いときはそうだったから。

 だから肩を強い力でつかまれたとき驚いて、体調が悪い子どもに向かってなにをするんだこの人はいったい、と冷静に思った。

「したのくにの、許可がないと、いちばん、入ってはいけない部屋ですよ?」

 怒鳴られて耳がキーンとなった。

「し、したのくに?」

 私はつぶやく。

「なにを、もごもご、言ってるの」

 その女の人が私の顔をまじまじと覗き込んだ。そして言った。「あんた、誰や?」そんなこと言われてもこっちのほうが(あんた、誰や)だと思った。

「ちょっと来なさい!」けれど私は掃除機を引きずるみたいにしてあっというまにその部屋から連れ出されていった。






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