第8話 ダッシュの先のちいさいとびら

 

 五時間目は長距離差だった。もうすぐ六年生の駅伝大会があるから、私たち二年生も体育で走ることになって、まだ大縄跳びが続くと思っていたみんなはぶーぶー怒った。

 六年生みたいにはもちろん走れないから、学校の近くの神社まで走って、そしてタッチして帰ってくる。

 私となっちゃんは昼休みの後、すでに少し走ったせいでもう汗をかいている。

「途中でしんどくなったら、歩いていいよ」

 と先生は言った。

「なに言われたん?」

 となっちゃんに聞かれたけど、「ううん、なにも」とにごしておく。


 喘息発作が時々出るから、秋子先生が学校の先生に言っておいてくれたのだった。

 笛が鳴ってみんながいっせいに走り出す。私は自分からいちばん後ろに行って、歩くようにトコトコ走り出した。だけどなぜか、どんなに遅くとも、止まってはいけない気がした。それはほんとうにとつぜん、そんな気になった。なにかに負けてしまうような--ど根性とかそんなのではなかった。理由はなかったけど、私は最後まで走ってみよう、そう思って前を向いた。

 前にいた子たちは一気に消えていなくなった。私は大きく息を吸い込もうとしたけれど、やっぱり喉元がくるしい。だから下を向いたり、はたまたななめ右上を向いたりしながらも、どうしたって歩くように走っていた。

 なっちゃんのすがたもそのうち見えなくなっていった。

 私ともう一人、いちばん後ろを走っている子がいた。

 その子の後ろ姿がなんとなく、まえの小学校で仲の良かったユキコちゃんに見えた。

 ユキコちゃんの名前の漢字を思い出そうとしたけれどまったく浮かばない。「雪子」ではなく、三文字の名前だったから。

 そしてうえの名前も忘れていた。まだそんなに月日はたっていないにもかかわらず、いろんなことがするすると、いともかんたんに消えていく。そう、こんなふうにみんなは当たり前のようにいなくなり、自分だけが取り残される感覚--そんなことを思っていると、ユキコちゃんに似ていた子も、険しい顔になって、スピードを上げていった。

 ひゅー。ひゅー。と鳴るのは風の音じゃなくて私の喉からだった。止まろうかな。歩いてもいいよって言われたしな。先生に。と頭の中で歩いている自分を想像するけれど、なにかに負ける気になって意地を張ってみる。

 そうするとぼんやりしてきて目の前が白い霧に包まれたようになった。

 そしてあれは--目線の少し先に、いやとおくのとおくに、ちいさいとびらが見えるような。見えないような。ううん見える。

 そんなわけがない。いま、私たちは神社に向かってるんだ。そしてタッチして帰ってくるんだ。だからあんな場所に木のとびらがあるわけがないんだけど、私はますます不安定な足取りになって、気付けば下り坂を転がるように加速して、そして、“あるはずのない”木のちいさなとびらに突進して行った--たまたま扉が開いていたのか向こう側にスピード最大のトラックのように出た私はおでこが痛くて腰も痛くて視界には火花が散って、けれどものすごい音を立ててしまったのでそればかり気にしていたのだった。









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