第7話 私たちの押し入れの中の世界
プールは学校の隅っこにあったけれど、走る音、歓声、ボールの音、校内放送、耳にたくさん鳴り響く。
「はるちゃんは、またいつか、違う学校行くん?」
なっちゃんは言った。
なっちゃんは全身まっぴんくの服を着ている。そして上の服にはスパンコールが付いていて、アイスクリームのイラストで、なでると色が変わるようになっていた。
髪の毛は高いところでふたつむすび。これまたぴんくのぼんぼんが両方についている。
「ううん。もうしばらくは、しいひんと思う。というかずっと、しいひんと思う。別に行くところ、ないから……」
「じゃあ、ずっと、ここにいる? テンコウ、しいひん?」
「うん、そうやと思う。そう思う」
「そうなんや。うれしい。よかった。すごく、うれしい」
そう言ってなっちゃんは笑ってきらきらの一粒を取って太陽にかざす。
この学校に流れついた私に“うれしい”と言ってくれるなっちゃんは綺麗な心だと思った。
するとなっちゃんは言った。
「こうすると、世界のぜんぶがこれになる」
「見せて」
私もなっちゃんの近くに寄って肩と肩がぴたっとくっついた。なっちゃんのふたつむすびの一つが、ほっぺたにあたっていてくすぐったい。
「ほんまや。まぶしくてウインクしてるからもっとそう見える」
私の片目と、なっちゃんの片目とそして太陽ときらきらがひとつになった。
「ずっと、ここにいてな」
となっちゃんは言った。
「うん」
と私も言った。
それからは毎日プールの階段に座るようになった。給食を食べたばかりの昼休みは走ると、横腹が痛くなるからおさえながらやって来た今日も、私たちのてのひらの中にはきらきらたちがいる。
なっちゃんは持ってるものすべてが可愛くて、今日もクラスのみんなのまんなかにいた。そしてそのまんなかでメモ帳を褒められていた。色とりどりのメモ帳をなっちゃんはどんどんぺりぺりやぶって配ってしまうから、私はもったいなくてハラハラして見ていた。
でも、とつぜんなっちゃんが言った言葉--
「ほんとうはな、本当のほんとうは、さいきん、ぴんくが嫌い。ぴんくが大好きやったけど、前はほんまにいちばん好きやったけどお母さんがぴんくぴんくって、そればっかりで、お母さんの部屋もぴんくでほかの色はだめって言われるから、ほんとうは、いまは、さいきんは、きらいやねん」
を聞いて、頭の中で覚えていたメモ帳が配られていった光景が、シャッター音で切り替わって、この学校にはじめて来た日見上げた鳥たちみたいに空へと羽ばたいていった。
「はるちゃんは、何色がきらい?」
と聞かれてだからボーッとしていた私は、好きなほうを言おうとしてあれ、違う、嫌いなほうか、嫌いなほうは……「うーん。嫌いなほうは、うーん、うーん、なんやろう。きらい」
「じゃあ、色じゃなくてもいいよ。色じゃなくて……」
「においでもいい?」
「うん」
「じゃあなー、はるは、おしいれのにおいがき……」
らい、まで言おうとしたけれどもうすでにおしいれの匂いが鼻の中を電車の速さで通った。通っただけじゃなくこもったから鼻をつまんでから思いきり「ふんっ」と声に出して追い払った。出ろ。出ろ。
「おしいれって、おしいれの?」
「うん。おしいれの、中の、ずっと奥の奥の奥のもっと中の、そんな感じのにおいがきらい」
「へえー。そっかぁ」
すぐそばのなっちゃんは目をつむってくんくん空気を嗅いだ。
そして「じゃあ“フウイン”かあ」と言った。「うん、ふういん」私も言って両手をぱちん! とたたいたらせっかく集めたきらきらの--といってもなっちゃんよりはうんと少ない三粒だったけれど--てのひらの上にあったざらざらとした肌触りがなくなった。どこかへと飛んでいった。でもおかまいなくパチン、となっちゃんも手を合わせた。
太陽は私たちの上に遠慮なく居た。二人で目をつむって「ふういん」「ふういん」と唱える。私はなっちゃんのぴんくをふういんする。押し入れの中でぴんくの靄が出られないまま抜け道を探してただよう。
その中に手で鼻と口をおさえた私が見えた。ずっと長い間おしいれにいたからそのぴんくでさえ見えるまでに時間がかかって、ねむたくて、ちょっと外に出てみたいような、そうでないような、やっぱりねむたい。
ぱちん! とまた音がしてハッとなって私は目を開けた。
「五時間目、行こ」
なっちゃんは私の手をにぎった。
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