第2話 はるなつ

 

 入った教室は、床も壁もピカピカで--前の学校は全体的に焦げ茶色だったから--足を踏み入れた瞬間、すごく広く見えた。そのせいか、嘘の世界に入ってしまったようだった。

 私は真ん中に立たされて、名前を言われた。

 どうしていいか分からないで立っていたら、

「先生、今日って縄跳びのテスト、あるん?」

 まったく関係のないことを言った子がいて、助かった私はそそくさと空いている席に座った。

「あります」

「えー」

 どうやら縄跳びのことで夢中なみんなは、いっせいに声を上げている。この世の終わりのように絶叫している人もいて思わずそんなに難しい飛び方ってなんだろうと思う。さっきの鳥が浮かんだ。

 すると、肩をトントンと叩かれた。

「あのな、今日、大縄跳び、あるねん」

「へぇ」

 私は答えた。

「あのな、それと、私、なつ、っていうねん」

 とつぜんの自己紹介。

「なつ、はる」

 と、私は気付いたら声に出していた。

「え?」

「私は、はる」

「じゃあ、なつ、はる。じゃなくて、はる、なつ、か。席順的に!」

「うん、それに、はるがきて、なつがくるし」

 当たり前のことを言った。

「たしかにー」


 すらすら、けれど確かに、答えることができている自分にも、相手にも驚いた。

「はるちゃん、って呼んでいい?」

「なっちゃん、って呼んでもいい?」

「うん」

 同時に「うん」が重なって、私たちは肩をすくめて笑った。


 その日の午後、私は転校初日にもかかわらず、大縄跳びめがけて飛んで行った。

 施設へ来ることになるまで、いろいろなことがめまぐるしく起こって、それだけでも頭が回りそうだったし、立っている場所もグラグラしていたのに。

 でも、ここでうまく入らなければ、あ、転校生が、つまづいてる、と注目されてしまう。そう思って、私は気配を消して、そしてなんてことない顔で、スッと入った。そして飛んだ。運動神経がすごくいいというわけではないのに、まるで元々予習していたかのようだった。

「はるちゃん、上手」

 と、なっちゃんはそう言って私の肩にまた手を置く。「なんか、飛べた」と言った後、私はヘラヘラ笑う。なっちゃんは、まるで昔から私のそばにいたようだと思った。そんなことを考えている間にも、クラスメイトたちは飛んで、また飛んでとんで……。永遠に続くかのようなぐるぐるを目で追いかけているといったい今、ここはどこなのか、どうしてここにいるのか、時計の針が一気に加速したように感じる。







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