まばたき

yuri

第1話 転校生


 保健室で待っていたとき、時計の針がいつもより大きく聞こえた。

 カチ、コチ、という“刻む”音ではなくて、無理矢理一秒、また一秒と力をこめて進んでいるような感じ。

「はるちゃん、トイレ大丈夫?」

 横にいた先生が私に言った。

「うん」

 そう答えたけれど本当は、お腹の底に水が溜まっているように痛んだ。

 横目で先生の方を見た。

 秋子先生は、学校の先生ではなくて、私が一週間前に越して来た施設の先生だ。

 施設のことを何度か本で読んだことがあった私は、物語の世界のように、意地悪な大人が出てくるのだと思っていた。

 片手には長い棒を持っていて、お尻をピシピシ叩かれるのではないか、と。靴をキッチリ揃えなければ、バケツを持って立たされるのではないか、と。

 そんな予想に反して、秋子先生は静かにやってきた。私はケースワーカーと呼ばれる人と、長い坂を登って、玄関まで来たけれど、その時点で息が上がっていた。ケースワーカーさんも、もっと上がっていた。

 そして引っ越してきたのは私なのに、着いたとたん、ケースワーカーさんは、秋子先生の方ばかり見て挨拶を何度もしていた。名刺も渡していた。

 秋子先生の名前がすぐに分かったのは、「秋子〜!」と、私と同い年くらいの女の子が大声で呼んでいたからだった。

「ちょっと、待っといて。今から新しい子が来てくれたから、案内しなあかんの」

 秋子先生は言って、少しだけ微笑んだ。

「この先生が、秋子やで。季節の、秋、に、子! うちは、小四やけど、あんたは?」

 急に話しかけられた私は戸惑って、いっしゅん目玉が飛び出た気がした。

「小二になりました」

 だからとっさに敬語を使っている自分に驚いた。「そうなんや。ほなら、年下やなー」

 そう呟いてその子は、興味なんてなさそうに、さっさと施設の中へと入って行ってしまった。


 ガラッとドアが開いて、おそらく私の担任であろう人が入ってきた。

「こんにちは」

「こんにちは」

 おうむ返しした私は、やっぱりお腹が痛いと思った。担任の先生は、太い黒縁のメガネをかけている。この先生の方が、想像していた怖い人みたいだなあと思い、ちら、と秋子先生の方を伺うと、先生は、私の手の上にそっと手を重ねた。その手は、ひやりと冷たかった。ふしぎとそれが心地良い。

 窓の外、空のてっぺんで、鳥が二羽ぐるぐる回っていた。

「じゃあ、行きましょうか」

 呼ばれて、鳥を見つめながら、私は立ち上がった。



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