第2部

プロローグ

「翔、私もう我慢できない」


 雅が熱い目でボクを見つめて、濡れた体でボクににじり寄ってくる。

 薄い下着が包んだモデル並みの長身とほっそりした体型が、濡れたおかげで強調されてる。はっきり言おう。眼福……じゃなくて、目の毒だ。


「私ももう限界です」


 隣からはクレアまで熱い目でボクを見つめてきた。

 こっちも濡れた下着が体の輪郭を強調して……思ったよりもかなりボリュームのある胸が特に主張している。雅よりも遥かにたわわだ。


「翔? どこ見てるの?」


 ふと気づくと、雅がジト目でボクを見ていた。思わず目をそらしてアクビをしてごまかす。


「とにかく、全部翔のせいなんだからね。責任取ってくれるよね?」


 雅が胸を突き出し気味にして、ふんっと鼻息荒く言う。えっと、ひょっとしてクレアに対抗してる?


「そうですよ。カケルのせいですから」


 クレアは雅のわざとらしい姿勢に気づかないまま、胸を揺らしてボクを糾弾する。

 わかったよ。ボクが責任取ればいいんだろ。

 素直にうなだれて、しゃがみ込もうとすると、雅が何かに気づいたように声を上げた。


「あ、鞍が泥だらけになるから乗るのは却下。翔、運んで」

「え? あの……ミヤビ、運ぶって? まさか……」

「うん、つかんで運んでね、翔」


 雅の楽しげな笑顔とは対照的に、クレアはボクの前肢を見て引いている。うん、気持ちはわかるよ。かぎ爪結構長いし、鋭いし。


「乙女の肌に傷をつけたら責任取ってもらうからね。わかった?」


 雅はあくまでも楽しそうに言う。傷をつけてもらいたいわけじゃないよね? だいたい、どうやって責任取ればいいんだよ。


「クレア、大丈夫だから。翔に任せれば痛くないし、優しくしてくれるから」

「そ……そうですよね……。カケル、痛くしないでね?」


 雅、その言い方はエロいオッサンだよ……。

 クレア、両手を合わせて小首を傾げながらそんなこと訊くなんて天然なの?

 とはいえ、こんな会話聞きながら、男が何も感じないわけがない。襲っちゃうぞ。ドラゴンだから強いんだぞ。

 そんなことを考えても実行できないボクはヘタレです。というか、ボクが襲ったら死ぬよね。上に乗ったら圧死だよね。そんなことを考えただけで萎えてしまう。

 考えただけなら無罪だよね。内心の自由だよね。


 そして、ボクはふたりを前肢でつかんで舞い上がった。



 ボクたちは小さな町の仕事を受けていた。

 その町というのは、ボクたちが拠点に選んだ町で、そこで冒険者として登録した。と言っても、ボクは登録出来ないので、雅とクレアだけど。ボクは使役モンスターという扱い。

 まだ家を買うお金がないので、近くの森で野営している。ボクがいると弱い低ランクモンスターは寄りつかないので、町の人も歓迎はしてくれた。

 で、今やっていたのは、畑の用水路にモンスターが住み着いたというので退治して欲しいという依頼だ。

 モンスターはスライムの群れだった。初めて見るスライムは水玉型で目と口があるわけでもなく、ただのゼリー状の物体だった。可愛くない。

 仕事自体は上手くいったんだけど、ボクのミスというか、ちょっとした手違いで、ふたりがドロドロになってしまったのだった。

 単純な話、雅に襲いかかろうとしたスライムを叩きつぶしたら、泥水が盛大に飛んで2人が泥だらけになったってだけなんだけど。


 湖を見つけたボクは湖畔にある空き地に舞い降りた。

 ここは野営している森の中にあり、普段から水場として使っている。それでもちょっと待ってとふたりを遮り、湖に顔を向ける。

 ボクはいつの間にか敵がいたらわかるようになっていた。正確に言うと、ボクに向けられた敵意を感じ取れるようになったってことだ。眉間の辺り、ドラゴンの場合は目の上の庇の中間がピリピリする感じだ。

 特に何も感じない。ボクはふたりにうなずいてみせた。


「じゃあ、誰もいないと思うけど、お願い」


 ボクにふたりに水浴びの間の壁役を命じた。具体的には背中を向けて、翼を広げて周囲から見えないようにしろってこと。


「翔、見たかったら見てもいいよ」

「カケル、見たいんですか? いいですよ?」


 ふたりのお言葉に甘えて……なんてことが出来ない小心者のボクです。というか、やれないのわかって言ってるでしょ?

 ボクは後ろを向いて翼をいっぱいに広げた。その状態で後脚立ちするのって結構な力を使う。まあ、座るんだけどね。そして、尻尾で支える。

 尻尾が落ち着く位置を探って動かしていると、何かに当たった。なんだろこれ?


「きゃっ!?」


 クレアが悲鳴を上げて水音を立てた。


「何かいます! お尻をさわりました!」


 クレアのお尻だって!? 何と言う不埒な! あれ? ちょっと待てよ?


「こいつか!」


 雅が声を上げて不埒なものをつかんだ。ギュッと握られた感触がわかる。ちょっと待って、それってボクの尻尾……。


「翔? 見ないと安心させて尻尾で襲うなんて悪いドラゴン」


 わ、ごめん! わざとじゃないんだ。

 背後を見ないように首を下に向けて必死に否定する。

 雅が水音を立ててこっちにやって来る。


「しかも、私じゃなくてクレアを襲うなんて……」


 ボクにだけ聞こえるような小声で囁くと、雅が背中に抱きついてきた。

 え? このピトッて丸い感触がふたつ……。まさか……生おっ……。

 しかも、翼をかいくぐって、水音が正面に向かってくる。

 いや、ちょっと待って! 心の準備が!

 雅はタオルを体に巻いていた。


「何だと思った?」


 雅がボクに見せたのは、濡れた服を洗って丸めたものだった。背中に押しつけられたのは、これだった。


「本物はそのうちね」


 雅はボクに耳打ちすると駆けていった。

 2ヶ月前を考えると夢のようだ。

 まあ、ここに至るまでも色々あったわけだけど……。

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彼女の太股で首を絞められたいと思うのは(ドラゴンの)本能です 神代創 @sowkami

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