エピローグ

「脱出できましたね!」


 背後を振り返ったクレアが弾んだ声を上げる。

 主のいないドラゴンとワイバーンの姿だけだ。飛んでいく先には城がある。そこで何が起こるのか、ボクは知らない。何か起こっても自業自得だ。

 からまっていた網はドラゴンが主を殺しあった時に緩み、なんとか自力で雅とクレアが外すことに成功した。おかげで時間のロスになったけど。


「勇者様、これからどうします?」

「勇者はやめて」

「あ、そうですね。じゃあ、ミヤビ様」

「様もやめて」

「え、でも……勇者様を呼び捨てにするのは……」

「そんなこと言うと、私は平民で、クレアは下級貴族なんだからクレア様って言うよ」

「そ、それだけは!」

「じゃあ、呼んで」

「えっと……ミヤビ……」

「まだ硬い」

「え……ミヤビ?」

「うん」


 雅は満足したようにうなずいた。

 はあ、上でほのぼのしてるなぁ。尊い。

 背中の上で女の子たちが話しているのを聞きながら、ボクは心が癒されるのを感じた。さっきまで殺伐としてたんだから余計にそう感じてしまう。


「それで、ミヤビ、これからどうします?」

「とりあえず、地上に降りる」

「……そうじゃなくて、その後です」

「わかってる。冗談だから」

「ミヤビの冗談はわかりにくいです」

「どうしてかな? そう言われる」


 間違いなくそう思う。美人が無表情に言うんだから冗談だと思わないって。しかも、伝わらなくても気にしないんだから。やっぱり、誰か突っ込んだ方がいいよね。ボクが突っ込むと流血沙汰になるから無理だけど。


「どこかに家が欲しい」

「いいですね! カケルはどうしましょう?」

「家には入らない?」

「どんな大きな家ですか!?」

「そうか。無理か。翔は外で待機する?」


 ボクはブンブンと首を振った。


「イヤだって」

「納屋か小屋がある家を探さないとですね。でもって、人里からは少し離れてるところ」

「遠いのは面倒」

「でも、怖がって貸してくれませんよ」

「そっか。かわいいのに」


 かわいい!

 そんなこと言われたら踊り出したくなるじゃないか。まあ、この体じゃブレイクダンスどころか盆踊りも無理だろうけど。元の体でも無理だけどね。


「じゃあ、目標は郊外にある納屋つきの家ですね。資金は……ないですよね?」

「ない」

「私が少しなら持ってます。私が貯めた給金と、アイラさんが逃げる時に退職金だって持たせてくれたんです」

「もっと丁寧にお別れしたらよかった。せめてお墓を」

「……そうですね」

「今から戻る?」

「そこまでしなくてもいいです!」

「うん、冗談」


 慌てるクレアに雅はさらっと返す。冗談めかしていたけど、雅の声は結構本気だった。きっとそのアイラさんという人はよくしてくれたんだろう。お金の件とは別に。


「しばらくはこのお金で大丈夫ですから、これで生活して、お金を貯めましょう」

「仕事は?」

「冒険者です。冒険っていっても、モンスター退治だけじゃなくて掃除から人手の足りない現場の手伝いとか色々です」

「よろず屋さんか。いいね。翔もいい?」


 ボクはうなずいた。

 でも、ボクの出番はあるんだろうか? 掃除は出来ないぞ。建築現場も無理だし。


「カケルにはモンスター退治と荷物運びで頑張ってもらいましょう」


 やっぱりそうなるよね……。

 でも、この世界ならボクでも何かできそうな気がしてきた。こんな異世界にドラゴンに転生して目標とか何もなかったから、やることがあるのは嬉しい。なくても雅を守るために頑張るけど。


「カケルにもそのうちお嫁さんが必要になりますね」


 いや、それはやめて。あのメスドラゴンを思い出して寒気が走った。グイグイ来る年上女性恐怖症がぶり返しそうだ。


「翔には私がいるからいいの」

「はいはい。ですよねー。惚気られちゃいました」


 えへへ。惚気られちゃった。


「でもベッドは一緒じゃないから」

「それは……ちょっと無理ですよね。特注しますか?」

「お金の無駄」


 ズバッと一刀両断されちゃった。まあ無理だろうけど。

 それにしても、かなり無茶な飛行をしてきて疲れた。まだこんなに長距離を飛ぶだけの体力はない。

 なんか、もうダメ……。降ろして……。じゃない、もう落ちる……。

 ボクはふらつきながら徐々に高度を落としていった。

 ああ、新天地は、どっちだろう? と言うか、ボクはどこに向かっているんだろう? 野性の本能プリーズ!


「このまま真っ直ぐ飛べば湖があります。そこまでたどり着ければ野営できますよ」

「翔、頑張って。降りたらマッサージしてあげるから」


 雅は発破をかけるようにそう言うと、ボクの首に上体を倒して抱きついてきた。


「ベッドは無理でも、納屋のワラ布団に寝るのは憧れなんだ。アニメみたいなの。一緒に寝ようね」


 こら、クレアが見てるだろっ! あはは、まあ、もう少し頑張ってもいいかなぁ。

 なんてアホなオヤジみたいなこと言ってんじゃねぇと自分に突っ込む。

 首筋に雅の太股の温かさを感じながら、ボクは翼をよいしょっと羽ばたかせた。

 仕方ない。もう少し頑張って、雅と一緒にこの世界で生きていくかーっ!



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 王国は崩壊しつつあった。

 城は破壊され、燃えていた。

 ここに至るまでに国王と王妃は殺害され、第2王子シャルートも行方不明となっていた。

 それでも龍騎兵と近衛兵は抵抗を続けていた。第1王子クリフォードの存在があったからだ。

 しかし、その後、城には4頭のドラゴンが飛来し、殺戮が繰り広げられた。次々に龍騎兵が食われ、近衛兵まで餌食になった。しかも、襲ってきたドラゴンの1頭が第1王子クリフォードの乗龍ドルヴェールだったため、王子は死亡したと思われ、軍の士気はついに消散した。

 ここに城は陥落し、王国は消滅したのである。

 その城の上層にある発着場で、龍騎兵カイルは瀕死の重傷を負っていた。

 城の周囲を旋回しながら矢で応戦していた時、リザードマンの投擲した槍が見事に腹をえぐったのだ。重い槍を食らった衝撃で鞍から弾き飛ばされ、ベルトでなんとか落下は免れたものの、這い上がる力はなかった。訓練の成果を発揮して手綱だけを繰って発着場までなんとかドラゴンを誘導してきた。城を襲った4頭のドラゴンをくぐり抜けてきたのは奇跡と言えよう。

 カイルは血まみれの手でベルトを外し、地面に倒れ込む。槍を抜いた傷口からドクドクと血が流れ出し、顔面は蒼白だ。胸元に手を入れる。


「くっ……ドラゴンの宝玉……これで……ファリアの命を……使えば……」


 ペンダントの先に着いたドラゴンの宝玉――アレクシア王女の言うドラゴンの心臓を取り出し、握りしめる。

 ドラゴンの宝玉はドラゴンの力を人間と共用する契約する媒体だ。人間はドラゴンの力を得、その命を奪うことで傷を癒すことすらできる。

 カイルは宝玉をドラゴンに向け、契約の履行を求める文言を唱えようとして途中で首を振る。


「……くそっ、俺には……」


 その時、ドラゴンがカイルに近づき、宝玉を見ると、カッとアゴを開いた。


「ファリア……なに……」


 それがカイルの最後の言葉となった。

 かつての主人の頭部をかみ砕き、脳髄を咀嚼した《涼やかなる風》は高らかな咆哮を放った。さしずめこうであろうか。


「私は自由よ!」と。


 そして、長い首を巡らせてぶら下がったベルトを引きちぎり、鞍を緩めて、全身を激しく揺さぶり、苦労の末、鞍を外すことに成功した。


「さあ、待ってなさい、カケル! 私に相応しいオスにしてあげるわ!」


 自由の身となった《涼やかなる風》は大きな翼を広げて飛び立った。


 その様子を陰で見ていた者たちがいた。《青白き爪》、《二股の長き尾》、《翠の広き翼》の3頭である。

 ずっと下層にいた彼らは自由になって上層の発着場にエサを求めて来ていた。上層は人間の支配者層が乗るドラゴン専用だ。さぞかし食い物も旨いに違いないと食い意地の張った考えである。

 飼育人もすでに逃亡し、食糧倉庫の鍵もかかっていなかったため、3頭は上質の肉やフルーツを思う存分食っていた。読み通りの収穫にご満悦である。

 そこに《涼やかなる風》の飛来と龍騎兵惨殺である。


「やっぱ姉さんカッケーな」

「スカッとするな」

「人間に見つかると狩られるぜ、あれは」

「誰も見てねぇだろ」

「見てない見てない。オレらがメシ食ったのも見てない」

「のんびりしてるわけにもいかないぞ。ここをにする人間は殺されても、他の連中が来るからな」

「リザードマンはいいけどな」

「あいつら、オレたちを拝んでるからな」

「いや、最近は槍を投げてくるヤツもいるぞ」

「なんにせよ、ここも居づらくなるってわけだ。ずらかるか」

「ずらかろうずらかろう」

「どこに行く気だ?」

「カケルを追いかけようぜ」

「姉さんが目的かよ」

「カケルか……。まあ、面白いな」

「だろ? アイツはなんか違うんだ。面白いことしてくれそうだろ」


 こうして、4頭のドラゴンとワイバーンが自分を追って飛び立ったのを、翔は知る術はなかったのである。

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