8:これがボクの力みたい その2
ボクはヤケになって翼で空気をつかんで後方に投げ捨てるようにスピードを上げた。鳥の羽根と違ってドラゴンの翼には空気を逃がす様な構造にはなっていない。皮膜はつかんだ空気をそのまま押し出すことが出来る。つまり、やろうと思えばものすごいスピードを出すことが出来るわけだ。それを初めて体感した。
「凄いよ、翔! ホントに駆けてるよ!」
グングンスピードを上げるボクに雅は歓声を上げ、長剣を抜き放って鞍から腰を浮かす。
「合図したら体を左に倒して。クレアもお願い」
「わかりました」
クレアは雅の作戦がわかっているように打てば響くように応じた。ボクはチキンレースをするつもりだとしか理解できていない。
とにかく、真っ直ぐ真っ直ぐ速く速く飛ぶ。クリフォードにぶちかますつもりで飛ぶ。
正面のクリフォードは弓を構えようとしていたが、すぐに剣に持ち替えた。多分、弓では勢いを消すことが出来ないからだろう。
クリフォードの上下にいた龍騎兵はボクの予想外のスピードのせいで対応が遅れていた。おかげで顎を閉じるような上下からの挟撃が上手く機能していない。
その隙にクリフォードに一撃を食らわす!
ボクは真っ直ぐにクリフォードの顔面に向けて突っ込む。前肢の鋭い爪で王子の左頬をえぐる。それくらいの意識だ。
もう数秒で餌食になる。
「今!」
雅の合図に応じてボクは体を左に90度傾ける。
ボクの爪を警戒していたクリフォードは驚いて反応が遅れた。いきなり目の前に現れた雅が長剣を振り下ろしてきたからだ。
ガキンッと甲高い金属音が弾け、その時にはボクは追手の四騎をしり目に飛び去っていた。
ボクのスピードに龍騎兵は対応できない。
さらにクレアは背中を見せる龍騎兵に矢継ぎ早に矢を放つ。
「このまま真っ直ぐ飛べ、翔!」
雅の雄叫びにボクは咆哮を返した。
もうすぐだ。このまま真っ直ぐ逃げる! そうすれば自由だ!
が、いきなりボクの翼は思うように動かなくなっていた。思いっきり羽ばたこうとしても動きが制限されてしまって、かろうじて墜落しない程度の動きしか出来ない。
どうなってるんだよ!?
「これは……網?」
雅に言われてようやくボクにも自分をからめ取っていた物の正体が見えた。青白くて見えないくらいに細い網。小鳥を捕るような霞網のようなものだ。
「勇者様の作戦は読めていたよ。だから、あえてあの陣形を取って網の中に誘い込んだんだ。ものの見事にかかってくれたな」
いつの間にかというより、ボクがジタバタしてる間に、クリフォードのドラゴン《黒き巨爪》は旋回してボクたちを、いや、もがくボクを冷たく見ていた。クリフォードとは違って何も言わないけど、その目はなによりも雄弁だった。あれは絶対『ザコがイキってるからそうなるんだよ』と言っている。
「俺のドルヴェールも龍騎兵たちも飛び始めたばかりのドラゴンとは練度が違うのだ。甘く見すぎたな」
確かに甘かったみたいだ。
「さあ、勇者よ、おとなしく戻ってもらおうか。そして従順な妻として王国を共に建て直そう」
それは許さない。雅が従順な妻になんかなるわけないだろ。
「それは召喚の契約をしてということ?」
「そういうことだ。俺もあんなことはしたくなくて、少し優しくしてやろうかと思ったんだぞ? それを無下にしたのはおまえの方だからな」
「兄弟そろってクソだ」
うん、完全に同意。
「なんだと?」
「クソにクソと言って何が悪いの?」
そうだそうだ。もっと言ってやれ。
「強がるのもいいが、このままではいずれそのドラゴンは飛べなくなって、おまえと侍女諸共地上に激突だぞ。それでいいのか? おまえたちの命は俺の部下たちが握っていると言うことを忘れるな」
う……。悔しいけど、その通りだ。羽ばたけば羽ばたくほど網はからみついてくる。はっきり見えないからわからないけど、上の龍騎兵二騎と下の龍騎兵で三角形に網を張っているんだろう。からみついたボクをその3騎でコントロールしている感じだ。
「さあ、どうする? 勇者様の返答次第だ」
ああクソ、腹が立つ。こいつが雅と契約して隷属させて結婚してエッチなこともするだと!? ふざけるな! 王族ってのは王女といい、こいつらといいろくなヤツがいないじゃないか!
その間にも雅とクレアは網を切れないかと色々試しているみたいだ。でも、切れたような感じがしない。
「俺は気の長い方だが、おまえのドラゴンはどんなに頑張っても長くは持たないぞ」
クリフォードはますます尊大に言い放つ。
言われるまでもなく、ボクは失速寸前だった。これ以上激しく羽ばたけば網がもっとからんでしまってその時点で終わりだ。そして、網を持っている龍騎兵が網を落とせば、ボクは2人を背中に乗せたまま落ちるしかない。下が海ならワンチャンあるけど、残念ながらそんなことはない。下は沼地だ。そんなに深さはない。
「……あなたと一緒に行く」
「順当な決断だな」
クリフォードは尊大にそっくりかえってニヤリとうなずいた。
自由でいたがっていた雅が自由どころか自由意志を放棄するような選択をしたのは、ボクとクレアのためだ。悔しい。何もできない自分に腹が立つ。
「ドラゴンと侍女については心配は要らない。仕事をする場はあるだろうからな。無駄に殺したりはしない。人手はいくらあっても足りないくらいだからな」
何か面白いことでも言ったようにクリフォードはふっと笑った。
「ミヤビ、私のことは気にしないでください。自分はすでに死んだと思っていますから」
「黙れ! 侍女の分際で王族の話に口を挟むな! そのドラゴンは我が妹が執着しているようだし、上げればかわいがってくれるだろう。喜べ、王族のドラゴンと並べるぞ。短い間だけだろうけどな」
アレクシアに渡すつもりだって? それは死刑宣告じゃないか!
ボクは身をよじる。無駄なのはわかってるけど、全身にわき上がってきた怒りを我慢できなかった。
「ほらほら、早くしないとドラゴンと共に墜落するぞ。さあ、勇者だけこっちに来てもらおうか。ほら、花嫁に手を差し出してやろう」
クリフォードは腕を伸ばし、雅に早く来いと促す。
「召喚の時に不様な思いをさせられて以来、おまえが俺に懇願してひれ伏すのをどれだけ待っていたか」
なんて勝手な、思い上がった連中なんだろう。こんな連中に雅の人生を目茶苦茶にさせていいわけがないだろ!
そう思った瞬間、カッと喉の奥に焼けるような熱い塊が生まれたようになった。それを吐き出さなければ全身が焼けただれて死ぬ。そんな恐怖と共に、一気に吐き出した。
「あーっ! くそっ! ふざけるなっ! こんな王子も王族も滅んでしまえっ! おまえらなんて食われてしまえばいいんだっ!」
普通の咆哮とは違った。以前、こんなことがあった時よりもさらに激しい咆哮。全身が震えるような激しさだった。
一瞬、静寂があった。
その直後、ドラゴンたちが一斉に咆哮を放った。
「な、なんだ急に!?」
竜騎兵たちが動揺して、手綱を握ったドラゴンをなだめようとする。
しかし、ドラゴンたちは激しく首を動かして逆らおうとした。
上にいた龍騎兵は手綱を引いた途端、首をブンッと振られ、鞍から吹っ飛ばされた。腰のベルトでぶら下がって安堵した瞬間、隣を飛んでいたドラゴンに胴体を噛みつかれた。鮮血と共に内臓が飛び、真っ二つになって落ちていく。その先には下を飛んでいた龍騎兵の頭があった。
胴体を頭に食らい、遅れてまき散らされた鮮血をかぶった龍騎兵は半狂乱になりながらも上で異変が起こったと知って手綱を引き、上昇しようとした。そこに真上から襲いかかったのはクリフォードのドラゴン《黒き巨爪》だった。
主君が乗るドラゴンによって一瞬にして首を引きちぎられ、頭は捨てられる。噴水のように噴き出した鮮血が身を翻して上昇するドラゴンを追い、クリフォードの頬に飛び散った。
「な、何が起こっている!?」
クリフォードは自分の目で見たものが信じられないと叫んだ。自分のドラゴンが勝手に飛び、部下を屠る。あってはならない光景だったはずだ。
その前に落ちてきたのは血まみれの腕。上を飛んでいたもうひとりの竜騎兵の肘から先だ。まだ手綱を握ったまま、ヒクヒクと動いている。
「なんなのだ、これは!?」
クリフォードの叫びに引き寄せられたように、周囲からドラゴンが襲ってきた。
「くっ! ドラゴンの分際で俺をなめるなっ!」
鞍の上で長剣を中段に構えたクリフォードは切り裂こうとして振り下ろされたかぎ爪を弾き返し、食いちぎろうと襲ってきた顎を切り裂く。ドラゴンとの契約で強い力を得ていたクリフォードは奮闘した。
「しょせん貴様らはこの程度の獣にすぎん! 勇者共々、俺の前にひれ伏せ!」
クリフォードは轟然と言い放つ。
そこに正面から襲いかからんとしたドラゴンが急旋回して長い尾を鞭のように振り回した。剣をすり抜けた尾の一撃を腹に受けたクリフォードは体をくの字に折って弾き飛ばされる。ベルトに一瞬引き止められるが、耐えきれずにベルトの金具が外れて飛んだ。
クリフォードは虚空に投げ出された。
そこに乗っていた《黒き巨爪》が急降下して追いついてきた。
「ドルヴェール、俺を助けろ!」
クリフォードがドラゴンの心臓を突き出し、命令を下す。助かったという安堵の表情を浮かべた。
が、その表情は一瞬で凍りつき、そして、《黒き巨爪》のアゴが閉じて消え去った。
《黒き巨爪》は頭蓋骨を砕く派手な咀嚼音を立てながら低い声で唸ると、一声咆えて飛び去った。その後を3頭のドラゴンが追っていく。
「……何が……どうなったんでしょうか?」
わずかな間に繰り広げられた地獄のような光景に、クレアが茫然とつぶやく。地獄という概念がこの世界ではどうなのかわからないけど、この世界でも相当悲惨な光景だっただろう。
何が起こったのかわかっているのは、ボクだけだ。ボクの言葉がドラゴンへの命令になったのだ。
エンシェントドラゴン――ドラゴンの神祖だというボクの能力はすべてのドラゴンに命令できるのだ。その意味をあまり真剣に考えていなかった。しかし、こういうこともできるんだと思うと、自分の力が恐くなった。自由意志を奪ってしまうなんて、クリフォードたち王家が勇者やドラゴンに対してやっているのとどう違うんだろう?
ボクの首筋に雅が手のひらをあてがい、優しくさすった。何かわかっているよと言いたげに何度も何度も。
「ありがとう……。私の代わりに怒ってくれたんだね」
雅の声は一瞬泣きそうに震えた。
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