8:これがボクの力みたい その1

 ああああーっ! なにやってんだよ、ボクはぁ!?

 なんで女の子の頬をペロッとなめたのか、自分でもよくわからない。

 食欲を勘違いしたのか、あんまり怯えているので可哀想になったのか、それともオバケ屋敷で目も開けられない女の子に悪戯をしたくなるオバケ役のような気持ちだったのか。

 まあ、可愛いのは確かだ。垢抜けない田舎の女の子ってな感じで、そばかすがちょっと目立つけど、それも魅力みたいな。

 でも、好みじゃないよ。選べる立場じゃないけどさ。

 最悪だったのは、それを雅に見られたことだ。

 ただ、女の子が恋人みたいと言われて、雅が肯定した時は心臓がバクバクいった。ドラゴンの鼓動は人間より少ないのに、人間並みに上がって、静めるのが大変だった。多分、もの凄い高血圧だったはずだ。

 直後に2人を乗せることになって、かなりの負担を強いられたけど。精神的にも血圧的にも体力的にも。

 それにしても気になったことがひとつある。

 さっきの雅だ。いつもより饒舌だった。誰か他の人がいる時はあんなにしゃべらないんだけど。気のせいかな。

 だいたい、戻って来た時、全身にホコリかぶってたし……。それと、血の臭いもしたし……。そういや、大きな音がしたけど、あれって兵士が戦ってるせいだと思ったけど、違ったのかな?

 若干の不安もありながら、ボクは2人を乗せて飛んでいた。

 ちなみに、鞍はサポートの人員や物資輸送の事も考えて、2人が乗れるようなスペースが作ってある。落下防止や荷物固定用のベルトも完備だ。さすがに長い間に発展してきた文化だけある。でも、他の国には龍騎兵がいないとすると、独自発展したガラパゴスってやつかもしれない。

 2人でも多少重さを感じるけど、飛ぶことは難しくない。ただ、機動性はかなり落ちるのは感じていた。方向を変える時にわずかにタイムラグがあるとかそういうことだ。

 ところで、どこに向かえばいいんだろ? 目的地を聞いてなかった。というか、目的地を言われても、地図を見たこともないからどこかわからないわけだけど。

 背中の上では2人がしゃべってる。


「クレア、とりあえず安全なところで降ろすね」

「いえ、一緒に参ります」

「いいの? 貴族だよね?」

「貴族といっても下級貴族は長男長女以外は働きに出したり、政略結婚の道具ですから、末娘の私なんかどうなっても心配しませんよ。まして城がこんなことになったら死んだと思って諦めてますよ」

「そういうもの? 世知辛いね」


 なんだかひどい話だな。まあ、兄弟からいじめられて巣から落とされたボクも結構きつい人生じゃないドラ生なんだけど。


「それじゃどこに行こうか?」

「そうですね。南へ行くのがいいと思います」


 少し考えてクレアが答える。南ってどっちだ? というか、ボクはどの方向に向かってるんだ? 野生の本能ってのがボクにはないような気がする。


「帝国側でも地方都市なら問題ないと思いますけれど、ドラゴン……カケルが一緒ですよね? だったら、龍騎兵が一般的なこの国か、それより南の方がいいかと」

「そっか。翔がいたのを忘れてた」


 え、ボクいらない子?

 軽いショックを受けていると、雅がポンポンと鞍を叩いてきた。


「冗談。サーカスに売り飛ばしたりしないから」

「さあかすってなんですか?」

「なんだろね。楽しいところかな?」


 雅は愉快そうに笑う。

 楽しくないよ。芸を仕込まれて見世物にされるなんてまっぴらごめんだ。だいたい、ボクの運動能力じゃ芸なんて覚えられない。

 それにしても……と雅の様子に違和感を覚える。うーん、いつもと違う。なんだかハイになってるのか、それとも何か隠してる?

 そんなことをグルグルと考えていたせいか、背後から龍騎兵隊が迫ってきているのに気づくのが遅くなった。


「翔、後ろから来るよ」


 雅に言われてようやく追手が来ているのに気づく始末。やっぱり、野性の感覚なんてボクには備わってないんだ。

 ちらっと首を傾けて背後を見ると、7騎。なんか増えてるし。城がヤバいのに、なんでボクらを追ってくるんだ? 暇なのか?


「クリフォード様……」


 クレアの驚いた声で増えた理由がわかった。王子が追跡隊を率いてやって来たわけだ。ますます暇だなとしか思えない。次期国王が勇者を追ってくるなんて。この襲撃で国王は無事なんだろうか? ボクならまず国王を狙うけど……。あ、それとも、次期国王だけ逃亡とか亡命とか?

 そんなことを考えたけど、王子の叫びは見事に予想を外してくれた。


「勇者殿、戻ってくれ! 共に王国を立て直そう!」


「ああん?」と雅の不機嫌極まりない声が漏れ聞こえた。かなり怒ってる。誰が聞いてもそうとわかる。


「ゆ、勇者様……どうどう」


 クレアまで動揺して雅をなだめようとする始末。


「私は馬じゃないよ」

「は、はい! 知ってます!」

「翔!」


 雅の呼びかけに応じてグルゥと応じる。


「逃げられないならやるしかない。行くよ」


 ゴウと応えて、ボクは翼をグイッと振り下ろし、上昇した。空中戦じゃ上を取るのが定石のはず。


「私も戦います。弓なら得意ですから」


 クレアが鞍にくくりつけられた弓と矢を外し、身につける音。雅の後ろに密着した体勢からどうやって射るんだろうと思っていると、さっそくボクの真横から矢が飛んだ。ちょうど追跡部隊を斜め左下に見下ろす位置。

 放たれた矢は龍騎兵のひとりに命中。この世界の侍女凄い! しかも当たったのは上腕部だから戦力としては結構痛いところだ。

 それまで固まって編隊を組んでいた龍騎兵は一斉に散った。狙われるのを避けるためだろう。

 この隙にダーッと逃げられたらいいんだけど、2人乗せてる上にまだ高速で飛ぶ技術がつたないボクには逃げ切れない。と言うか、体力がどれだけ続くかも疑問だ。

 つまり、短期決戦で追い返すしかない。後は増援があれば最高だけど、あいつら来てくれるかなぁ。もう逃げてるよね。


「手を貸してくれーっ!」


 恥も外聞もなく大声を上げてみた。返ってきたのは周辺に散った龍騎兵のドラゴン&ワイバーンからの嘲笑。


「お友だちに助けてもらわないと何もできないのか?」

「貴様、ドラゴンの誇りがないのか!」

「卵に戻りな、ガキ!」


 7頭がかりでボクたちを捕らえようって連中が言うセリフじゃないだろ。


「あ、来た来た!」


 ボクはドラゴンたちの後方を見て歓声を上げる。ちょっとわざとらしかったかな。


「何だとっ!?」


 心配無用だった。半分のドラゴンがフェイントに引っかかって後方に意識を向ける。

 その瞬間、クレアが矢を放ち、ボクは1騎に急接近する。龍騎兵が剣を振るより早く、前肢を一閃。頭を強打されて鞍から滑り落ちる。ベルトで繋がれているから落ちないけど、ドラゴンはバランスが悪くなって飛ぶのも一苦労だ。

 クレアの放った矢は龍騎兵の胸に命中し、戦闘不能。これで3騎が使い物にならなくなった。

 調子いいじゃん。このままいけば楽勝なんて思ったけど、そんなわけはない。


「空戦くさび型!」


 クリフォードの号令に残った四騎が隊型を組み直した。今までは横一直線に並んでいたけど、今度は縦に”く”の字。つまり高度が違う。数は少ないけど、立体的になったので、さっきのような攻撃は難しくなる。


「やっぱりこの世界のプロだもんね」


 雅はどこか楽しそうにつぶやき、ボクの首筋をいたわるようにさすった。


「翔は大丈夫?」


 小さくうなずくと、雅の声ははっきりと楽しそうに続ける。


「じゃあ、もうちょっと激しくいこうか」


 お手柔らかにお願いします。痛いのイヤだから。


「正面の王子に突っ込むよ!」


 言ってる尻からそれ!? 無茶言わないでよ!

 あ、聞こえてないか。

 仕方なくボクは翼に力を加えた。必死に羽ばたかなくてもそう意識するだけで翼は勝手に動く。こうなるまでに結構トレーニングしたし、決死のダイビングにも踏み切ったわけだけど。

 クリフォードの真っ黒なドラゴンを後方に、下前方に1騎、上前方に2騎。クリフォードに向かってことは罠にかかりに行くのと同じだ。大丈夫なのか?

 不安になったけど、雅を信じるしかない。


「フルスピードで王子に激突する気で突っ込んで!」


 ホントに考えがあるんだろうね!? もう信じるからね!

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