書籍発売記念SS・最強と最強7



「えっ、うま…………!?」


 食堂の席について二十分もしない内に料理は完成し、その間も武王の嫁たちに遇されながら待っていたプリムラは早速料理へと口をつけた。


 そして、余りのクオリティに目を見開く。


(前世と比べても相当なもんだぞコレ……!)


 咀嚼そしゃくし、嚥下えんげする頃にはプリムラの脳内にミシュランの星が三つ浮かぶ程の味に、ただひたすら感動する。


 国で一番。下手したら世界で一番。そのような事を口走っていたシルルを思い出したプリムラは確かにこれならと納得した。


 まず出されたのはビスクっぽいスープだった。和食を期待してただけに少しガッカリしたプリムラだが、一口含めばその考えも吹き飛ぶ。


 海老の風味が良く効いて、しかし臭みや雑味が無く濃厚な味わいのスープは存分に食欲を刺激した。


 スープから出て来たのでプリムラはてっきりコース料理なのかと思ったが、別にそんな事はなく完成した料理が次々に運ばれてきた。どちらかと言えば満漢全席の方が近いか。流石に数日もかけて食べる量でも無いのだが。


 前菜、魚料理、肉料理、どんどん運ばれて来てテーブルを埋めていく料理は実に節操が無く、しかし見てるだけでワクワクして胃袋が疼くラインナップである。


(…………………………ん? これ全部、地球の料理じゃないか?)


 テーブルに並ぶ唐揚げ、ハンバーグ、モツ煮込み、アクアパッツァ、ガンバスエビアル・アヒージョ、カルパッチョ、ピンチョス、天麩羅、サバの味噌煮、刺身、青椒肉絲、回鍋肉、タコス、ケバブ…………。


 様々な料理が登場するが、それら全てが地球に存在する物である。


「気に入りましたか?」


 ふと、ノノンがキッチンから出て来てプリムラに尋ねる。エプロンを内側から持ち上げて濡れた手を拭き拭きしている。よく見ればそのエプロンも地球ナイズドされているように見えた。


「ああ、控えめに言って最高だ。でもこの料理ってどこで学んだんだ? 初めて見る料理ばかりで驚いてる」


 少なくともこの世界では初めてである。転生してるので嘘は言ってない。


「気になります? それの説明も戦いの後でしたらお答えしますよ」


 すぐには答えてくれないらしい。無理に聞き出すことも無いと、プリムラはひとまず話題を変えることにした。


「ちなみに、俺があんたから料理を教わるのは有りか? あと、あんたから剣術も学べたら嬉しいんだが」


 プリムラは自分が剣の扱いに秀でて無い事を理解してる。そしてシルルの使う剣は素晴らしかった。妙な技を抜きにしても、純粋な技術として完成されていた。


 その最上位が武王であるノノンだと言うなら、プリムラは勇者になる為にもその技術を学びたかった。


「料理についてはお教えします。ですが、剣についてはお断りします」


「…………それは、国から出しちゃダメな技術ってことか?」


「いえ、単純に体格の問題ですね。私の剣術は当然ながら私の体で使う事を前提にしてます。なので、体格の似てるルルちゃん達に教えるのは問題無いのですが……」


 そう言われればプリムラも少し納得出来た。子供のような体格である柔牙族が同族のために開発した剣術なら、人間である自分が学んでも活かし切れないだろう。もちろん、それでも基礎程度なら学べるはずだが、逆に言うと基礎しか学べない。ならばノノンが相手じゃなくても良いと言われれば、全くその通りである。


「そも、剣術を学ぶなら流派の開祖が一番だと思う方が多いですが、それは間違いなんですよ。開祖は、開祖本人じぶんの為に剣術を作るので、同じ体格の方が学ぶなら良いのですが、それ以外の方は自分用に改変する必要があります。普通なら連綿と長い年月をかけて体系化された物を学ぶ方が効率的ですよ」


「…………そうか。体系化された技術なら、最初から体格別に調整する必要もないのか」


「はい。なにせ、体系化される途中で様々な体格の方が触りますからね。万人に使えるように改変してある場合が殆どです。逆に、体系化されずに継承され続ける流派もありますが、そっちは学ぶ人を厳選してますから」


 言われて、ピンと来たのは明治時代を舞台にした剣客浪漫譚だった。抜刀斎と呼ばれた人斬りが使う流派は、本来だったら主人公のように細い体格には合わずに学ばせて貰えないはずだったとか。そんな地球にあった漫画を思い出したプリムラはノノンの言い分を完全に飲み込んだ。


 ムキムキの人しか使えない流派なら、ムキムキの人にだけ教えるのは理にかなってる。逆に様々な人に教えたいと言うなら、万人に使えるよう調整するのが当たり前だ。ノノンが使う技術は前者だと言うだけの事。


「なるほどな、理解した」


「あと、ルルちゃんが使ってたような技に興味があるのでしたら、プリムラ様と絶望的に相性が悪いのでオススメはしません」


「…………あの、斬撃が枝分かれしたり、桜吹雪に襲われたりするやつか?」


「ですです。私達が魔王討伐に参加出来ない理由でもあるので、詳しくは戦いの後にしましょう」


 戦いは好きなタイミングで良いと言われたプリムラ。しかし予定は早めに消化して観光を楽しみたい派なので、一晩休んで魔力も回復した明日には戦うことにした。


 それまでは風呂や料理を楽しみながら過ごし、夕飯もきっちり味わい尽くす。


 その間、ノノンの嫁がこぞって構って来たが特にプリムラへ懐いたのはきつね色の双子。


「あのね、あのね────」


 四六時中、必死に何かを伝えようとする双子を前にしてプリムラは穏やかな心を獲得していた。前世で一人っ子だったこともあり、妹が居たらこんな感じだろうかと優しい気持ちになれたのだ。


 双子も、兄が居たらこんな人だろうかとプリムラに懐いた。城には他にも兄と呼べそうな人物が何人か居るが、そのどれも双子のお眼鏡には叶わなかったらしい。


「いやぁ、随分と懐いたねぇ」


 その内の一人、オブラート・ユズリハと名乗る宮廷薬師が居た。プリムラと同じく樹法に適性を持ち、魔法で生成した生薬などから薬を調合するプロフェッショナルだ。


 場所はラウンジかサロンか、どう呼べば適切なのかプリムラは知らないがとにかく城の中で落ち着ける場所だ。


 プリムラも同じ樹法使いを相手に様々な意見交換を出来てかなり有意義な時間を過ごせたので、目の前の相手には相応の感謝と敬意を持っていた。


「そういえば、あんたも到達者ってやつなのか?」


「ん? まぁね。【薬師神くすしがみ】の名を戴いてるよ」


 薬師と言う割りに戦闘もこなせるオブラートは、戦闘方法の一部がプリムラと同じく毒殺を旨とするので二人はとても気があった。


「明日、ノノンちゃんと戦うんだろ? 良くやるよねぇ」


「言っとくが、提案したのは向こうだぞ? 俺から望んだ訳じゃない」


「ちなみにだけど、ノノンちゃんは毒にも詳しいし治療も得意だから、下手な毒を使うくらいなら最初から真っ向から殴り合う方が良いよ。僕もあの子を相手に有効な毒を食らわせられた事ないし」


「ギンピ・ギンピでもか?」


「あー意味無い意味無い。ノノンちゃんの痛覚耐性は異常だから、痛いだけの毒とか欠片も効かないよ。なんなら体の一部が消し飛んでも平気な顔してるもん」


「武王ヤバすぎだろ」


 オブラートも、地球の植物で会話が通じてしまったが、この事も後で教えて貰えるのだろうかとプリムラは考えた。


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